ろ

小説家を見つけたらのろのレビュー・感想・評価

小説家を見つけたら(2000年製作の映画)
5.0

「自分のために書く文章は、人に見せるための文章に優る」
何が正解か分からなくなって無理やりまとめた読書感想文。
講義のラスト15分で走り書きしたアセスメント。
理不尽に憤りながら先生に渡した抗議文。
毎年同じような文言になるのが嫌で、なにかオリジナリティをと頭をひねる誕生日カード。
自分にしか書けないものを書きたいと意気込む映画レビュー・・・
学校で、家で、職場で、喫茶店で、旅先で、今までたくさんの文章を書いてきたけれど、自分のために綴った文章はいくつあっただろう。思い返してみれば、どれも誰かに読まれることを前提としたものばかりだった気がする。

文章を書くときは何も考えず、とにかく書くこと。まずはハートで書いて、リライトに頭を使うんだ。
指を滑らせ軽やかにタイプするフォレスターが羨ましい。
何時間も考えているうちにとっぷり日は暮れ、時間が経つにつれてますます指が動かなくなる。ジャマールに自分自身を重ねてしまう。
そんな彼にしびれを切らし、フォレスターはかつて自分が書いた文章を渡す。
これをタイプしてリズムに乗るんだ。そうしているうちに自分の言葉が浮かんでくる。
ジャマールの打ち込む言葉は小気味よく、フォレスターの部屋に響き始める。

フォレスターの誕生日、ジャマールは彼をスタジアムに連れ出す。
観客のいないスタンド。青白い光が煌々と照りつけるマウンドで、フォレスターは家族のことをぽつりぽつりと話し始める。
出征した兄とヤンキースの試合。そして戦争から戻った兄の飲酒運転を止められなかったこと。
「”先立った者の安らぎが後につづくものの不安を鎮めることはない。”これはあんたの文章だろう?」
過去の苦みと喜びが交差する今を、二人は静かに分かち合う。

自分のための文章についてあれこれ好き勝手言われる。それが嫌で生涯に一冊しか出版しなかったというフォレスター。
本当は本を読むのも文章を書くことも大好きなのに、仲間にさえ打ち明けられなかったジャマール。
ジャマールがフォレスターの部屋に忍び込んだのをきっかけに、フォレスターもまたジャマールの世界に足を踏み入れる。
多くを語らない二人の想いは熱く、だからこそ溢れ出る言葉に推敲を重ね、選び抜いた文章で会話しているようでとても繊細だった。

純粋に書くことを愛した二人の友情が、冬の寒さをじわじわ溶かしていく。
これから旅に出るんだと颯爽と自転車にまたがるフォレスターに、手紙書いてよと笑うジャマール。
歩道に植えられたオレンジ色のチューリップに春を感じた。


( ..)φ

ジャマールがフォレスターの言葉を必要としたように、私には映画が必要だった。映画の言葉を借りて映画のリズムに乗る。そうしているうちに私自身の言葉が湧いてくる。それは本当に楽しく、同じくらい歯がゆくてもどかしい。曖昧な想いを言語化するのはまだまだ難しいけれど、映画はいつでも私に居場所をくれる。ジャマールとフォレスターが互いの居場所であったように。
ろ