ほーりー

近松物語のほーりーのレビュー・感想・評価

近松物語(1954年製作の映画)
4.1
マイブーム「溝口健二監督をがっつり観よう」もあと二本。今回は近松門左衛門の狂言と井原西鶴の『好色五代女』の原作をそれぞれベースにはした『近松物語』。

もっと出演してなかったっけ?と勘違いしていたが、後にも先にも大スタア長谷川一夫が唯一出演した溝口作品でもある。


江戸時代。 京の都に住む以春(演:進藤英太郎)の職業は大経師と言って朝廷御用達の巻物表装を扱っており、町人ながらも名字帯刀を許された超セレブだった。

彼の若妻おさん(演:香川京子)は金遣いの荒い実の兄(演:田中春男)から無心をされて仕方なくお金を工面しようとする。しかし旦那はドケチで妻からの頼みも冷たく断る。

そこで彼女から何とかならないかとお願いされた手代の茂兵衛(演:長谷川一夫)は帳簿を誤魔化してお金を作ろうとするが、同じく手代の助右衛門(演:小沢栄太郎)にその場を目撃されてしまう。

詳しく書くと長々となるので省略するが、これがきっかけとなり誤解が誤解を呼び、おさんと茂兵衛が不義密通しているとの疑いをかけられる。

この時代の不倫はネットでバッシングどころの比ではないくらい罪が重く、お上に捕まれば二人は市中引き回しの上に磔獄門になってしまう。

という訳でおさんと茂兵衛の逃亡劇がはじまるのだった。


上田秋成とか井原西鶴とか多くの江戸文芸ものを手掛けた溝口監督だが、今回は単なる古典恋愛劇だけではなく巻き込まれ型サスペンスとしての面白さも持ち合わせている。

二人が追っ手から逃げて逃げて、そして逃避行の末に本当に恋仲になる過程(二人が初めて結ばれる琵琶湖畔の船小屋の場面の情景描写が素晴らしい)はちょっとヒッチコック映画にも似ている。

本作の長谷川一夫はいつもの二枚目演技に加えて苦悩する若者(?)の心情を巧みに表現している。

逃亡中、奉公先の奥方と間違いがないように、二人で川を歩いて渡る際に香川を長谷川がおぶるのだが、普通におんぶしてしまうと女の胸が直接触れてしまう。
そこで横に背負うようなアクロバットな形で彼女を抱えて渡るのである。

ちなみにこれは溝口監督の演出ではなく長谷川のアイディアだというから凄い。

長谷川の二枚目芝居に対して、いつものような強烈ダメ出し指導をしなかったという溝口監督。恐らく長谷川の芸の引き出しの多さに下手突っ込むとヤバいぞと計算が働いたかもしれない。

あと他に物語をさらに面白くしているのが脇役の進藤と小沢のWエータローの存在である。

進藤は妻と手代の恋仲が世間にばれてしまうと大経師としての地位を取り上げられるので早く揉み消したい。

だが一方の小沢は邪魔な主人が居なくなれば出世するチャンスだと目論んでいて、揉み消すフリをしながらしっかり炎上させ、主人の立場を脅かそうとする。

長谷川と香川からすればどちらも敵役なのだが微妙に立場が異なるところに妙味があった。

さてこれが『三十九夜』や『北北西に進路を取れ』ならば最後に疑いも晴れてハッピーエンドとなるのだが残念ながらこれは溝口映画。

最後は例のごとく悲しい結末なのだが、それが観ていて嫌な気持ちにならないような締め方をしている。

ちょっとこの辺り、フリッツ・ラングの『暗黒街の弾痕』のラストと似通っているような感じもする。

■映画 DATA==========================
監督:溝口健二
脚本:依田義賢
製作:永田雅一
音楽:早坂文雄
撮影:宮川一夫
公開:1954年11月23日(日)
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