Jeffrey

ボヴァリー夫人のJeffreyのレビュー・感想・評価

ボヴァリー夫人(1989年製作の映画)
2.5
「ボヴァリー夫人」

冒頭、どこかの田舎町。エマは夫である医者のシャルルと娘と共に暮らしている。商人、豪華な装飾品、若い青年レオン、隣家の富豪ロドルフとの情事に溺れる。欲望、心も体も破滅。今、セックスの相手としか見てくれない夫に絶望する1人の妻の物語が始まる…本作は1989年にロシアで監督した欲望を拡大させ破滅へと向かう19世紀フランス文学の古典に若き日のソクーロフが挑んだ問題作である。このたびDVDボックスを購入して鑑賞したが微妙だった。あの傑作SF映画の「日陽はしずかに発酵し…」以降に続く長編劇映画の題材としてギュスターヴ・フローベールの文学古典を選んだのは流石である。

どうやらこの作品は89年に作られたものを2009年に再編集したディレクターズカット版を見たようだ。主人公のエマ役にイタリア系ギリシア人の民族語学者である素人を起用し、主人公にはフランス語を喋らせ、周囲のロシアの俳優たちにはロシア語を喋らせるなど中々すごいアプローチをとっているソクーロフ…。

この作品を監督するに至ってのいきさつ的に言うと1986年から本格化したペレストロイカのおかげで処女作である「孤独な声」がロカルノ国際映画祭にて一躍話題になり、タルコフスキーの口添えもあって評価された。そうした中、不本意な形で学校卒業した彼がやむを得ず作った作品が、このフランス19世紀文学の傑作の本作であったそうだ。



さて、物語はセックスの相手でしか見てもらえない夫に不満を持つ妻のエマが肉欲と物欲に溺れて行き、破滅していってしまう。その過程で若い青年レオンや隣家の富豪ルドルフとの情事にに溺れる。



本作は冒頭に商人ルウルーとエマが写し出される。下女が洗濯物を片付けて出ていく描写、商人はエマに宝石やショールなど、高価な商品を次々に見せる。彼はジャケットにネクタイ、髪を後ろで縛った現代風の姿。彼女はヴォルテールやプーシキンの本は無いかと尋ねるが、彼は扇を見せる。エマはそれに魅了され、商人を誘惑しそうになるが商人は身をかわす。彼女の背後には地層がむき出しになったはげ山がそびえ立っている。

続いてカットが変わり、ベットで抱き合う裸の彼女と夫のシャルル。夫はセックスが終わると窓辺に立ち、ハエが飛びまわる音がする。彼は再びエマの肉体を味見する。続いてテーブルで食事をする2人。食卓には虫が集っており、夫が笑いながら虫を追い払う。彼女は髪の毛に絡まった羽毛を夫の頭から取る。次の瞬間、彼女は商人から買った扇で顔を隠す。

そしてシャルルは日本人は奇妙な民族だとつぶやく。続いて肌のクローズアップがなされ、針を突き刺しててエマはうめく。その痛みから来るイライラが彼女を周囲に羽毛をばらまかさせる。そしてベッドに横たわり部屋中が羽毛だらけになる。そんな頃に青年レオンが現れてあなたの家族への注意のしるしだと言って、青いマネキンの首を取り出すが、彼女の所には商人の品物があるのに気づいて戸惑う。彼女は1番大事なのは心臓か魂だと言う。

続いて、荒涼とした山あいの風景がショットされる。

彼女は荒れた土地の集落をディオールの服を着て歩いて行く。牛や羊が現れ、彼女がたどり着いたのは商人の自宅である。彼はド派手な着物を着ている。彼女にモスクワの地図を見せる。そして小動物の前で洋服のファッションショーが開かれて値段を聞く彼女にたいしたことないツケにしておくと答える。やがて、エマが亡くなるまでの展開が丁寧に描き出されていく…と簡単に説明するとこんな感じでなかなかシリアスなテーマで重い作品だった。


この作品は冒頭から激しいセックス描写がクローズアップされる(役者の表情)。この作品にも扇子が写し出され、役者が日本のかなと言う台詞がある。どうやらソクーロフのこの作品は原作を読んだ人への意識して撮られているような気がする。もちろん私は原作を読んだことがないのだが、この作品を2時間に収めるには結構色々と省いているような気がする。

ところでこの「ボヴァリー夫人」と言う作品は、わりかし様々な監督が題材にしているようだ。色々と調べてみるとジャン・ルノワールに始まりヴィンセント・ミネリ、クロード・シャブロルそしてマノエル・ド・オリヴェイラが取り上げている。その中でも彼のこの作品は少し異質な気がする。まず美化を排除した性的描写が多く含まれているし、登場人物の過去を解除している。原作者を見ていないので評価はしにくいのだが…。

よくわからないのが、この原作の時代背景からするとこの映画に出てくる自動車や電灯等は果たして当時にはないものなのじゃないかと思ってしまうのは私だけだろうか。普通だったら馬車だったり蝋燭だったりが出てくるはずなのだが、それに登場人物たちがロシアの地方の名前を言っているので1840年代のフランスを舞台にしているには到底思えない。そこら辺がよくわからない。

にしてもこのボヴァリーは夫人と言うのはすごい人物である。肉欲と物欲にまみれた人で、どんどんどんどん破滅へと向かっていく姿が痛々しい。暴走した挙句に浪費をして結局は毒で〇〇してしまうと言う。それとあの胡散臭い着物を着た商人のビジュアルはインパクトがある。インパクトがあると言えば逆に男女のセックスシーンがあるのだが、それがほとんど魅力的では無い。普通だったら官能的で魅了されるシークエンスのはずなのだが、この作品ではそんな感じがしない。それはきっとアレなのだろうけど(言ってしまうとネタバレ)。それにしてもソクーロフの映画にはかわいい女性や美しい女性がそこまで出てこないなと言う印象を受ける。






この映画はラストショットの余韻がたまらない。
Jeffrey

Jeffrey