大道幸之丞

早春の大道幸之丞のネタバレレビュー・内容・結末

早春(1956年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

小津安二郎47作目で時代は1956年と、まだ日本が終戦からなんとか形ばかりは近代にたどりついたといえる時代。東京オリンピックが象徴的な高度成長期はまだ先だ。総理は鳩山一郎〜石橋湛山の頃。

生活水準も、TVも冷蔵庫もない。洗濯機は高級品、ガスコンロと水道がやっと普及を見せている時代。それだからTVなどが介在せず、人間同士の間合いが今と違い。タバコを喫う事が場面を造るようなところがある。

近所の合唱の声や三味線なども聞こえ牧歌的だ。しかしこれらは中央アジアあたりでこれに近い景色を現在も観られるのかもしれない(携帯電話は既に普及しているだろうが)中央、東アジア地域では似たような生活様式変遷が見られる。

ともかく同じ一つの空間にいる人間同士は否応なく会話やコミュニケーションを取らざる得ない。夫婦なら投げかけられる問いかけに「答えられない言い訳」や聞こえなかったふりが出来ない。

主人公の勤務先は丸の内、住居は蒲田と「都心暮らし」だが、やはりオフィスでの仕事は紙ベースだし電話はデスクではなくフロアに1つあるきり。まだ電話連絡より、要件があれば直接人間が出向く時代なのだ。

会社員の娯楽はハイキングや「戦友会」などの集まりで、酒を呑んでは何かと皆で合唱するような光景が広がる

主人公を演じる38歳の池部良は男盛りで抜群の色気がある。妻を演じる淡島千景は出自が宝塚であることからか、30歳をすこし回った年齢ながら凛とした「自身の考えを持っている女性」の像を見事に演じている。また杉村春子はここに限らず良いポイントの役柄を演じており印象深い。

内容は早くに子供を疫病で失い、倦怠期を迎えた夫婦に旦那の浮気など、離婚寸前までいくものの、なんとか最後はうまく仲直りする物語だ。

浮気相手である「キンギョ」こと(岸恵子)が所帯持ちと付き合う事を「うどん会」で集った男性陣が「人道的にどうか」などと責める場面は、あくまで根底にはまったく個人的なジェラシーの土台の上に「社会正義」をかざす狡猾な有様は現代のネット界隈の構図と変わりはない。男は感情に理屈をつけて正当化させる名人だ。

一見本筋に無関係に思える同期入社で亡くなってしまう三浦や、佐分利信、笠智衆、浦辺粂子らの脇を固める俳優陣がいい味付けをしている。

最後に人生訓みたいな説教があると嫌だなと身構えていたが、幸いそんな陳腐な構成にはしていない小津安二郎はエライ。

それでも「昔今も夫婦は変わらない」などという安直な結論を私は持たない。文化背景が違えばその分価値判断も違って当たり前だ。

作品の意図とは違うが1956年当時のサラリーマンの夫婦生活を垣間見る楽しさがある。