近本光司

早春の近本光司のレビュー・感想・評価

早春(1956年製作の映画)
3.5
再見(ツァイチェン)。ぞくっと悪寒が走るような、印象に残る不気味なショットが三つ。ひとつ、料亭の個室で岸惠子と池部良の禁じられた接吻の直後に挿入される首を振る扇風機。ふたつ、死期が間近に迫る増田順二の、見舞いにきた池部良の励ましに対する不敵な笑み。みっつ、岸惠子との不倫について本当?と夫に問い詰める淡島千景の疑り深い目。戦後の小津のフィルモグラフィのうちでも『風の中の雌鶏』と伍してほの暗い雰囲気を湛えたフィルムだと思う。物語の大筋も結末も、どこか成瀬巳喜男『めし』と似ているのだが、それぞれの映画が残すあじわいはまったく異なる。『めし』の原節子にはその後幸福な結婚生活があったかもしれないが、『早春』の淡島千景はやはり早晩不幸のうちへと引きずり戻されてしまったことだろう。ならば代わりにぼくに淡島千景との幸せな生活を送らせてほしいのだが。