かなり悪いオヤジ

桐島、部活やめるってよのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

桐島、部活やめるってよ(2012年製作の映画)
3.8
大胆な脚色には定評のある吉田大八監督初期の代表作。おそらく原作小説では主人公なのだろう“桐島”という万能生徒がとうとう最後まで姿を現さない大胆すぎる演出、その桐島がバレー部を辞めたとある金曜日の放課後、同日同時刻の出来事をノーランの『ダンケルク』を思わせるクロスカッティングで何度も何度も繰り返す演出が抜群の効果を発揮している青春群像劇なのである。

神木隆之介、東出昌大、橋本愛、太賀といった後にブレークする若手俳優たちが、高校生に扮して大集合している希少な作品でもあるのだ。神木は映研、橋本はバドミントン部、太賀はバレー部、東出は受験のため野球部を辞めたばっかりの帰宅部という設定だ。つまり、高校生活における複数の“部活動”にスポットライトをあてた大変珍しい作品なのである。

かくゆう私の高校時代を振り返ってみれば、傍目に観ていても才能がありそうなバスケットボール部の先輩が、高校2年の秋ぐらいに大学受験準備のため退部していったことをふと思い出したのである。東出が野球部の先輩キャプテンに「何で三年生なのに部活続けてるんですか?」と不躾な質問をすると、この先輩何のあてもないにも関わらず「ドラフトが終わるまでは(続ける)」と答えるのである。

なるほどそういうことだったんですね、吉田監督。スポーツに限らず、何かしら部活動に打ち込んでいる生徒の誰もが“大谷翔平”になれるわけではないのである。いやむしろその内の99%が平凡なサラリーマンもしくは非正規として一生を終えるのではないだろうか。それでも彼ら、彼女らは今現在一生懸命に打ち込んでいる部活動が将来の夢に「繋がっている」と信じたいのである。いや、そう思っていなければ部活動を続ける意味などほとんど無いのである。

そんな平々凡々な才能しか持ち合わせてない生徒たちにとって、“桐島”はそうでありたいと生徒たちが願う“夢”の象徴だったのではないだろうか。だから“桐島”が部活動を辞めると聞いた時、彼に憧れを抱いていた生徒たちは大騒ぎしたのではないか。俺たち、私たちの“夢”が消えて無くなってしまう、と。そんな“桐島”にもなりうる才能がありながら、現実的な道を選択し帰宅部となった東出は、あの時自ら“夢”を諦めたことを自覚し涙したのであろう。

実は、人間一旦夢をかなえてしまうと後は人生下り坂が待っているだけなのである。言い換えると、夢を叶えることが幸せなのではなく、夢を叶えようと一生懸命何かに打ち込んでいる時が一番幸福だったことに気づくのである。吉田監督が、金曜日の放課後部活動に励んでいる充実した生徒たちの時間をなかなか終わらせようとしなかったり、“桐島=夢”をとうとう最後まで登場させなかった理由も、おそらくそこにあるのだろう。