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山河ありのkassyのレビュー・感想・評価

山河あり(1962年製作の映画)
3.5
日本移民団がハワイへと出向き、いずれ戦争が始まり過酷な運命と戦うドラマ。

貧しい時代、移民団はどれだけの希望があったのか。ハワイへの移民はあまり聞いたことがなかったので、実際、かなり苦労されたんだろうなと思わされます。一世と二世、考え方が異なるのは致し方ないと思います。人と違うものは、少なからず嫌な思いを経験しているでしょうから。そして、戦争、アメリカと日本ですから、複雑ですよね。戦争による犠牲者、なんともいえない痛みが胸に突き刺さります。

2024年3月27日(水) 17:30~20:00[150分] BS松竹東急 「開局2周年記念」

(ストーリー)
大正七年。日本人移民の一団がハワイへやって来た。その中には、井上義雄ときしの夫婦やこれから嫁入りしようとする少女すみがいた。ハワイの土は冷たく固く、帰ることも出来ない人々はただ黙々と亜熱帯の畑ととりくむのだった。そして十年、人々の努力は報いられ、井上は日本語学校の教師に、妻は小さな食料店主になっていた。またすみは郷田と結婚しクリーニング店を経営。今では、井上家には春男と明、郷田家には一郎とさくらとそれぞれ子供があった。そしてまた七年--。さくらと明はハイスクールを卒業した。一方故国日本は、満州事変、日中戦争、国際連盟脱退と次第に戦争への道を歩いていた。この雲行きを心配する一世たちと反対に、二世の子供たちは一向に無関心だった。そんな時、井上は心臓麻痺であっけなく死んだ。きしのは、次男の明を伴なって夫の遺骨と共に日本へ向った。世界情勢はますます悪化し、昭和十六年、ついに日本海軍の真珠湾奇襲が行なわれた。日本で親せきの家に身をよせていたきしのたちは茫然とした。同じ頃ハワイでは、二世たちが、二世部隊として出陣した。母を日本軍に射殺された一郎、そしてさくらの恋人春男も志願し、四四二部隊として出動した。砲火のイタリア戦線で戦う春男と一郎。やがて戦争は末期症状をみせて来た。一方日本では、明がアメリカ人として収容所にとらわれていた。冷たい壁の中の生活に胸をやられた明は、物置の隅に住むきしののもとへ帰された。母子の寒さにふるえる生活は続き、やがて明はボロ切れのように死んでいった。そして戦争は終った。終戦を迎えた日本に進駐して来た一郎から、春男の死が知らされたのはそれから間もなくだった。二人の息子を失ったきしのの嘆きははかり知れなかった。明の墓の土を持って、きしのはハワイへ戻るのだった…。

ジャンルドラマ
製作国日本
製作年1962
公開年月日1962年4月29日
上映時間127分
製作会社松竹大船
配給松竹
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