mari

ビフォア・サンライズ 恋人までの距離のmariのレビュー・感想・評価

5.0
セリーヌ:
夫婦はお互いの声が聞き取れなくなるの
歳とともに男は高い声を識別できなくなり
女はその反対なの 互いに聞こえなくなるの

ジェシー:
今から10年か20年後 君は結婚している
結婚生活はかつての情熱を失った
君は夫のせいにし

昔 出会った男たちのことを思う
その中の誰かを選んでたらと・・・

例えば僕だよ

これは未来から現在へのタイム・トラベル
若い頃 失ったかもしれない何かを探す旅
君は"何も失っていない自分"を発見

僕はやっぱり退屈な男だった
君は結局その夫に満足する

ジェシー:
恋愛はややこしいテーマだ
今までに"愛してる"と言ったことはある
その時は真剣だったけど

本当に利他的で無償で美しいものだったのか

違う気がする 愛って何だろう
僕にはよく分からない


ジェシー:
女たちが霊的な踊りをしている間 男たちはどこにいる?
食料集めか 招かれないのか 男は無用なのか

セリーヌ:
命があるだけ幸せよ
クモは交尾の後オスを食い殺す
生きてるのに文句ある?

ジェシー:
いつも君は"男殺し"の話だ 願望なんだろ

セリーヌ:
私はいつだって自立した強い女になることばかり望んできた
男にかしずくだけの一生はイヤですもの

でも人を愛し 愛されることは何よりも大切よ

人は生きてくうえで"もっと愛して"と願っているのではない?


ジェシー:
僕は"よき夫 よき父"になるのを望んでる
ある時はなれそうで ある時はバカらしく思える

人生を台無しにしそうな気がして・・・
感情的な拘束や愛が怖いからじゃない

人を愛する自信はある

ただ 本当は心のどこかで
何かを成し遂げて死にたいと思ってる

優れた業績を残す方が
いい夫婦関係を築くより大切にも思える


セリーヌ:
以前 働いた時に雇い主が言ったわ
仕事のためだけに生きてきたけど 52歳で気がついた

自分は誰にも何も与えず虚しい人生だと

目には涙が光っていたわ


もし神が存在するなら人の心の中じゃない
人と人との間 わずかな空間にいる

この世に魔法があるなら
それは人が理解し合おうとする力のこと

たとえ理解できなくても構わないの
相手を思う心が大切





ーーあなたとわたしの肌の間にできる隙間、そこに存在する神を愛することもあれば恨めしく思うこともあるけれど、わたしは魔法を信じている。

まだ、セリーヌとジェシーのような会話を交わせたことは一度もない。

そういう言葉を持った男の人と出会えたことがない。

見抜けたことがない。

彼らのなかにそうした言葉の質感を捉えられたことがない。


(2021/10/03, 21:09メモより)


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最近、ピアノを弾く男性と出逢った。彼の広い部屋にはピアノとベッドしかなく(そういえばソファーとテレビがあったかもしれない)、楽譜とCDが散乱しているだけで、それがそのまま彼の心を表しているようにも思えた。


彼とした会話を一人で思い返す時、セリーヌとジェシーが"通じ合えた"ように思えた瞬間ってどうだったのだろう、もしかしてこんな風だった?と思いを巡らすことが増えた。


映画の感想を"BrahmsのIntermezzo No.4 in E Major, Op.116 Adagio"と返された時、とても心が揺さぶられた。演奏はグレン・グールドだった。


この人にとっての言葉はピアノだからきっとこれまで誰かと通じ合えたと思える瞬間は一度もなかったのだろうと思う。


だから、わたしのバイオリンを聴きたいと言われた時、裸を見られるより恥ずかしいと思った。


二人で弾く曲(Korngoldの歌劇のアリアをバイオリンとピアノ用に編曲したもの)を聴いている時、父はわたしに『今、幸せでいっぱい?』と聞いた。



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Glück, das mir verblieb” 「私に残された幸せ」

Glück, das mir verblieb,
私に残された幸せ、

rück zu mir, mein treues Lieb.
戻ってきておくれ、私の愛する人。

Abend sinkt im Hag  
夕べは木立に沈む 
Glück, das mir verblieb,
私に残された幸せ、

rück zu mir, mein treues Lieb.
戻ってきておくれ、私の愛する人。

Abend sinkt im Hag  
夕べは木立に沈む 

bist mir Licht und Tag.
あなたは私の光そして昼。

Bange pochet Herz an Herz  
心臓が不安でどきどきする 

Hoffnung schwingt sich himmelwärts.
希望は空へ飛んでいってしまう。

Paul : 
Wie wahr, ein traurig Lied.
なんという真実、悲しい歌。

Marietta :
Das Lied vom treuen Lieb, das sterben muss.
死んでしまった恋人の歌。

Was haben Sie?
あなたは?

Paul :
Ich kenne das Lied.
僕はその歌を知っている

Ich hört es oft in jungen, in schöneren Tagen.
よく聴いた、若い頃、愉しき日々に

Es hat noch eine Strophe--
詩の続きはもっとある---

weiß ich sie noch?
僕はまだ覚えているかな?

Naht auch Sorge trüb,
悲しみは深まる

rück zu mir, mein treues Lieb.
戻ってきておくれ、僕の恋人

Paul & Marietta :
Neig dein blaß Gesicht
あなたの青ざめた顔を引き寄せる

Sterben trennt uns nicht.
死が僕らを分かつことはない。

Mußt du einmal von mir gehn,
ある日あなたが僕の元を去らねばならぬとしても、

glaub, es gibt ein Auferstehn.
僕は信じる。あなたはいつか蘇る。



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彼がわたしに何を見出して好きだと思ったのかは分からない。


「美しさ」について

"人間は結局、事物に自分を映し、自分の姿を反映するすべてのものを美しいとみなす…

醜さは退化の兆候だと理解される…
衰退、重々しさ、老化、疲労のあらゆる兆候、痙攣や麻痺といったあらゆる種類の不自由、とりわけ腐敗の臭いと色と形…

これらすべてが同一の反応、「醜い」という価値判断を呼び起こす…

いったい人間が憎悪するのは何か?決まっている。自分自身の没落を憎むのだ。"


(ウンベルト・エーコ『醜の歴史』より)



彼の弾くBeethovenの"6つのBagatelles, Op.126: 5. Quasi Allegro"を聴いた時、美しいと思った。彼の中に、わたしの似姿を見出すことはなく、わたしとはまったく別の生き物として彼を美しいと思った。


そして、わたしとは違う言語の質感を持ち、違う習慣に生きるこの生き物を宇宙人のようで可愛いとも思う。観察し尽くして、育てて、研究対象にしたいくらい。
mari

mari