シズヲ

ビフォア・サンライズ 恋人までの距離のシズヲのレビュー・感想・評価

4.1
パリへと向かう長距離列車の中、ささやかな巡り合いから言葉を交わし合った男女。束の間の時間に二人は想いを通わせ、やがて一日限りのウィーン旅行へと向かうことになる。ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞し、その後続編も作られるラブロマンス。『ビフォア〜』三部作の一作目。冒頭のシーンでイーサン・ホークが読んでいた本が“クラウス・キンスキー自伝”なのが斜め上のチョイスで笑う。

イーサン・ホークとジュリー・デルピーのアンサンブルが本作の骨子であり、映画は終始に渡って両者の姿だけを映し続ける。他に余計なものは存在しないという潔さ。飾らない自然なタッチで二人の掛け合いがひたすら繰り広げられ、両者の魅力も相俟って不思議な心地良さに満ちている。ホークもデルピーも演技の中に愛嬌と繊細さを併せ持っていて、何とも言えぬ愛おしさがある。ウィーンの各所を渡り歩きながら取り留めもなく語らい続ける本作の構図、二人が過ごした“ちょっとした至福の時間”を見つめているような味わいがある。照れ臭くなるような“電話”のシーンといい、朝を迎えた二人の微睡むような一連のシーンといい、さりげなくも多幸感に溢れた場面が描かれていく。

冒頭から“中年夫婦の喧嘩=冷めきった未来の姿”で幕を開けるように、主役二人は漠然としたモラトリアムの中に身を置いている。死ぬことや魂の行く末、宗教など、死生観について語らう場面が幾度も出てくるのが印象深い。人生の不安や孤独の中で考え続けて、しかし誰に言う機会もなかった価値観を互いに打ち明けているような趣がある。「この世に魔法があるなら、それは人が理解し合おうとする力のこと。たとえ理解できなくても、かまわないの」何かを語り合い、共鳴するように結び付いていく二人の姿は不思議な幸福感に満ちている。そんで性別について談義した末に「この話キリがないから止めよう」となったり、演劇をうっかり見忘れていたことを大分後になってから思い出したりなど、時折ちょっと微妙な空気になるのがなんか生々しくて味がある。

朝を迎えた後、“二人が巡ってきた場所”を映し出していくカットがやはり印象深い。二人の束の間の思い出を振り返り、過ぎ去った時間にふと寂しさを感じてしまう、そんな愛おしき情緒に溢れている。ほんの一日程度の旅路に過ぎないのに、駅で別れるラストでは後ろ髪を引かれるような気持ちになってしまう。あの二人がまたあの場で会う約束をしたこと、それだけでも愛おしさが凄い。この余韻を踏まえると“その後”を描く必要は無いとも思うけど、それでも続編二作ともちゃんと評価が高いのは何だか凄い。
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