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脳内ニューヨークのayのレビュー・感想・評価

脳内ニューヨーク(2008年製作の映画)
3.0
致命的な病気になった人気劇作家のケイディは、人生の究極の意味をニューヨークの街に重ねた野心的な新作演劇の上演を決意。なのに、頭のなかの脚本がずっと完成しない。長い年月が経って創作と実生活の境がなくなって、妻と娘や演劇仲間もみんな動揺して、衝突をくり返してめちゃくちゃになる。途中17年は経過したとわかるセリフがあるけどそれでも何もかも決まらない。

ケイディには、自分が人生の究極の意味に何を求めているのか必ずしも明確でなくて、なのにもっと知りたいと思う気持ちが拭えなくて、脚本完成のプレッシャーからどこまでも解放されずにずっと苦悩してる。他人と違ってるという疎外感と自分への失望でいっぱいで、そんな彼の性格が、非合理で複雑なハプニングをさらに引き寄せる。

自身の死を痛烈に意識したケイディの内面にある、出口のない反抗的なエネルギーがぐるぐるうずまいたまま思考の果てまでいこうとする映画で、その終わりのみえなさが耐えがたくて、みてるほうも相当に追い詰められた。だけど、映画の残り時間が4分の1を切ったあたりで、この終わりのみえなさこそ、ケイディだけでなくニューヨークに生きる人たちの、人生の感触そのものなんだとようやく気がついた。大都会に生きる誰もが、問題を抱えて、愛を求めて、自分らしく生きたくてもがいてるけれど、そんなささやかな努力とは関係なしに、個別の人生のすべては死に至るシナリオにむかって初めから決まっているようにも思える。ただ1人の、特別じゃない自分を突き放してみる。無数の選択肢があるようでいて答えはすでに決まってて、なのにずっと続いてしまうちっぽけな自分の人生の、途方もない無意味さ。

救いのなさが徹底的で完結感はないし編集も不恰好で必要以上に演出意図が伝わりにくくて、決して成功はしてない作品とは思うけど、でもこの映画自体はとてもユニークだし野心的だった。そして、さみしい空気を全身にまとったシーモア・ホフマンの、みてていたたまれなくなるほどの愚直な演技が哀しくて、ずっと、目をそらせなかった。   

●Little Person
https://m.youtube.com/watch?v=DuiXBLElH4w&feature=youtu.be
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