kuu

アルジャーノンに花束を/まごころを君にのkuuのレビュー・感想・評価

3.8
『まごころを君に/アルジャーノンに花束を』
原題 Charly
製作年 1968年。上映時間104分。
ダニエル・キースのSF小説『アルジャーノンに花束を』をスターリング・シリファントが脚色、ラルフ・ネルソンが製作・監督した。
撮影はアーサー・J・オーニッツ、音楽はラヴィ・シャンカールが担当している。
出演はクリフ・ロバートソン、クレア・ブルーム、ブロードウェイ出身のレオン・ジャニー、リリア・スカラ、ルース・ホワイト、エド・マックナリーなど。
ビデオタイトル『アルジャーノンに花束を』。

知的障害を患う青年チャーリーは、脳手術によって一般人を上回る知能を身につけた。そして実験用のネズミ、アルジャーノンと仲よしになる。だがある日チャーリーは、彼と同様の手術を施されたアルジャーノンの死を目撃してしまう。恐怖に駆られたチャーリーは、手術前の状態に戻ることを希望するが。。。

今作品は、日本のドラマでも製作されてるし比較的に知られてる原作を持つ実写版。
脳手術で知能をアゲアゲ⬆にしたチャーリーのハートフルSF映画と云えるかな。
原作者のダニエル・キースは以前よく読んだ作家でして、『五番目のサリー (The Fifth Sally)』、 『眠り姫 (Until Death Do us Part)』等々、心理学を専攻してただけあるキース作品は、人格変化の心理をテーマとしとる小説が多い。
ドキュメンタリーじゃ『二十四人のビリーミリガン』てのを読んだとき衝撃やったかな。
余談ばかりですが、BOOWY の氷室京介もこの作品でインスパイアされ
『DEAR ALGERNON』と云う曲を作ってます。
原文を読むと、知能が低いと思える文章の書き方から知能が上がるにつれ文章が巧みになっていくのに気づずく。
その辺りは実写化は小説と違いヴィジュアルがある分、描きやすいのやろうとは感じるが、深みは薄いかな。
知的障害のある方の文章を読んだことないしハッキリ云えへんけど、初めチャーリーはスペルミスばっかり。
他人を疑わない純粋さ、しかも親切で笑顔をたやさない、子供のような優しい性格の32歳の知的障害を抱えるてのが、チャーリーだけど、それを、どう映像化するんのかってのも原作ある作品の楽しみの一つである。
その楽しみを、流石の猿飛、アカデミー主演男優賞を取りよっただけある素晴らしい演技力で見せつけてくれてます。
単純にアルジャーノンに負かして、人の話をただ理解したいって望みが、知能を得て感じた現実の世界。
氷室京介が曲作んの分かる。
チャーリーはただの木偶(モルモット)でしかないんちゃうって感情と、高等生物として頭脳が発達することが、思てたほど素晴らしいことなんかと疑問を抱き、更にアルジャーノンの死を直面して悲しみと恐怖を強く感じていく場面も良く描けてとると思う。
鯔のつまりは、チャーリーは退化してまたもとの知能に戻りよるんやけど、素の自由な生活に戻り、公園で子供たちと楽しそうに遊ぶシーンは、人として何が本当に大切なんかを深く考えさせられる。
見えない方がいい現実は沢山ある。
半眼で生きる位が丁度ええんかな。
原作がめちゃ好きやし、期待しんように毎回観てますが、ラストをウマくアレンジしで表現しとるし、鼻水垂らして号泣するって程ではないが、泣ける。
社会問題となってる、いじめとか暴力の原因を考え、『知能』ってのは人に与えられた最高のギフトであるにもかかわらず、その知識の追求心が愛情の追求心を排除してしまうことが多い点に気づく。
深く愛するあたたかな心を与えたり受け入れたりする能力がなきゃ、知能てのは、精神上道徳的な崩壊をもたらし神経症とか精神病を起こしてまう。
自己チュー的な目的で、それ自体に呑み込まれ、それ自体に関与するだけの心、人間関係の排除へと向かう心てのは、暴力と苦痛にしかつながらへん。
過度に利益を追求すると、他者に不利益を与え危害を与えてしまう面もあるかもしれへん。
気付けば敗者を生み出してしまってることもあるはず。
己が損しても愛情を与えて、受け入れることを覚えなきゃ、いつも損をさせらるとることに気付いて鬱とか不安症になったり、はたまた、誰かに騙されとんのちゃうかって証拠もなしに云い続けていけば被害妄想といわれかねへん。
気付いて批判する力てのは大事やけど、賢こすぎても、真逆でも病んでしまうんやったら、思い通りにならへん現実のありふれた知能のほうが、意外と生きやすいんかもしれんかぁ。。。
kuu

kuu