き

アダプション/ある母と娘の記録のきのレビュー・感想・評価

-
目覚まし時計と早朝の支度。シャワーを浴びる43歳の身体をゆっくりと捉えるオープニング。工場で働く彼女の身体につく木片。工場の様子を、主人公カタの身体だけでなく、そのほかの女たちの手つき(乾燥した手や腕、ひび割れた膝)を捉えることに、この作品が描く問題は主人公に特有のものではなく、さまざまな女たちの人生なのだということを物語っているように感じさせられる。夫を亡くし、現在では同じ工場に勤める既婚男性ヨーシュカと関係を持ち、相手との子を望む主人公は、しかし、相手には子を持つことを拒絶され、欲望すら否定され、遠ざけられる。何度もオーバーラップされる「ごめんなさい」という手紙の内容を考えるカタの乾いた声が響くとき、これはほんとうにカタが謝罪すべきことなのかを考えさせられる。そんなカタの日常に寄宿学校に送られた少女アナが急に入り込んでくる(初対面で男との逢瀬に部屋を使わせてくれ、は笑っちゃうよね)。邂逅から、母娘の年齢差のあるふたりが関係の構築をしていくとき(それはカタが保護者のように振る舞うことはもちろん、アナがときにカタの保護者であるかのように、彼女を支え涙を拭う)、そのいっときの関係が固定しない関係であるがゆえに幸福のかたちになっていく(忘れがたきレストランのシーン、あれだけでなんだか泣きそうだよ)。関係はうつろっていくものだからこそ可能になる関係があり、関係のなかで役割が固定されること(ケアする/される、依存する/されるなど)自体に異を唱える作品かと受け取ったりした。だからこそ、あんなに切望していた結婚をアンナが手にしたとき(=妻という特定の役割に押し込められるとき)にみせるあの憂鬱な表情は、いっしょう忘れられないかも。だからこそ、アンナとの出会いをきっかけに養子縁組を決意し、子を手に抱いたカタがバスにむかって走るラストシーンに一抹の不安を覚えるのかもしれない。
き