ラグナロクの足音

ポエトリー アグネスの詩(うた)のラグナロクの足音のレビュー・感想・評価

4.1
建前では詩は書けん。詩が書けるようになるには、死人の絶望を理解しなくてはならない。実際の女学生集団レイプ事件を元に、アルツハイマーの老婆が、死(贖罪)と引き換えに詩を獲得する話。アグネスとは聖アグネスであり、ローマ帝国時代に強姦後死刑にされた女子の名前。西方教会において彼女は純潔の象徴となった。そのアグネス=被害者に対して、同情する人物はこの映画では完膚無きまでに皆無である。結局人間は皆自分のことしか考えることができない。苦しむ他者の内面を想像することすら拒絶する人間たちに、芸術=詩が書けるはずがないであろう。後半になるにつれ主人公の老婆は初めて、命を絶った少女の内面に自らを同化することに成功する。そして、自分のことしか考えていなかった愚かな自分を悟り、生(性)への執着を捨て、生(性)に執着する老僧とセックスをする。死を覚悟して初めて、他者の痛みが理解でき、詩という言葉が芸術に昇華する。イチャンドン監督らしい、人間存在の不条理な本音と建前をテーマとした淡々とした人間社会批判の映画だった。自分にとっての現実世界が日に日に縮小するアルツハイマーというメタファーが、主人公の行動規範の礎となるタイムリミッターとして多分に機能していたと思う。
ラグナロクの足音

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