ゴリラ

ポエトリー アグネスの詩(うた)のゴリラのレビュー・感想・評価

3.7
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 あらすじ
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中学生になる孫息子チョンウクと二人暮らしのミジャは、生活保護と数時間の介護ヘルパーで生計を立てていた
ある日チョンウクと同じ中学に通うアグネスが集団強姦の末に投身自殺をした
ミジャは可愛い孫息子が加害者の1人であることを知る…

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 レビュー
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数年ぶりの再鑑賞

第63回カンヌ国際映画祭では脚本賞を受賞した作品


■“動”というより“静”■

カンヌ受賞作品の割には、他のイ・チャンドン作品『ペパーミント・キャンディ』『オアシス』『シークレット・サンシャイン』『バーニング』と比べると鑑賞数が一番低そう…

いかんせん66歳のおばあちゃんが主人公の上、『母なる証明』のようなアグレッシブなタイプのおばあちゃんではなく、自己主張も強くなく、お花とお洒落な好きなどこにでもいるような大人しいタイプのおばあちゃんなので、他の作品に比べ花がないのも理由かも

作品全体のトーンも、イ・チャンドン作品の中では一番淡々として静かな印象

なので観る人によっては好き嫌い分かれそうな作品

■密陽女子中学生集団性暴行事件■

この映画は『シークレット・サンシャイン』の舞台にもなった密陽市で2004年に起きた、女子中学生に対する集団強姦事件を元にしている

被害者らは4人~10人に数ヶ月にわたり輪姦され続けただけでなく、金品をも巻き上げられ続け、終いには個人情報をネットに流された
しかも加害者らは1人も刑事罰を受けておらず、被害者の1人は精神的な苦痛の為、服毒自殺を試み昏睡状態にまで陥ったという

この事件を扱った作品で一番有名なのは『ハン・ゴンジュ17歳の涙』だろうか

その他にもこういった女子強姦事件を取り扱った韓国映画だと『マリオネット』『さまよう刃』『名もなき復讐』などがあるが、この作品はそれらの作品と違い“直接的描写”は全くない
それどころか被害者女子は殆ど画面に映ることはない
加害者側の男子グループもいわゆる“不良集団”というよりかどこにでもいるような平凡な男子生徒といった印象

■メインは加害者・被害者ではなくその親■

この映画のメインとなる登場人物は、加害者である少年たちでもなく、被害者少女でもなく、その保護者である親たち

公の事件にしないようチョンウク以外の加害者の“父親たち”が被害者の母に慰謝料を払うことでうまく事を納めようと加害保護者会談を開く

そこに呼ばれた唯一の女性であるミジャ

父親たちの口調は決して脅迫的ではないが、有無を言わさぬ雰囲気を含み、そこに彼女は違和感を感じつつも男たちの意見に流されてしまう
事件を知る男性教頭も警察も同じく事を荒立てないことに同意し、強姦事件のことを揉み消そうとする

ある意味これは女性たちを取り囲む男たちによるセカンドレイプのようなもの

会談シーンのような、なんともリアルな雰囲気を作る演出がイ・チャンドン監督は非常に上手い

(場の空気を読まずに時々突拍子もなく自分の話をしだすミジャを、若干ではあるが面倒臭そうにする人々の絶妙な表情、空気感…流石だなぁと関心)

■感情の抜け道を探しさ迷う主人公たち■

人を殺めた罪悪感に駆られる男、社会から閉じ込められうまく言葉を伝えられない女、息子を失くした絶望から救いを求める女、不透明な将来に対する不安、孤独から抜け出そうとする男
そして、薄れ行く記憶と罪の意識に苦しむ女

イ・チャンドン監督作の主人公に共通するのが

“あることをキッカケに世界から取り残された人たち”

そして、彼らは自らが抱える

“感情の抜け道を見いだせず悶え苦しむ”

■ミジャとジョンス■

本作のヨジャに一番近い印象を受けたのは『バーニング』の主人公ジョンス

一見すると両者とも“のほほん”としいるが、自らが抱える苦しみをうまく外に吐き出す手段を知らず、どう処理していいか分からず悶える

何かにすがり
憑りつかれたかのように
その答えを見いだそうとする

ジョンスはヘミの孤独を
ミジャはアグネスの苦しみを
追体験する旅を経て
ジョンスは“小説”で
ミジャは“詩”を書くことで
ようやくその感情を作品へと昇華する


好きなミュージシャンに竹原ピストルという人がいるが、彼の歌の中に

“ 綴りようのない切実を切実という
綴られる程度の切実は切実とは言わない
世界を変えられるのは綴りようない切実だけ
人を変えられるのは綴りようのない切実だけ ”

という歌詞があるが、
ミジャやジョンスが感じたのは
“綴りようのない切実さ”
だったのかもしれない
(まぁ、小説も詩も綴るもんすけどね!笑)

■まとめ■

ミジャがアグネスの母親に会いに行く道すがらに落ちていたアンズを見て書いた詩

“ アンズは地面に身を投げ踏まれる
 生まれ変わるために ”

人が気にもかけない、忘れられそうな、そんな道端に落ちた魂に目をやる
イ・チャンドン監督の眼差しはいつも優しい
ゴリラ

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