青山祐介

家路の青山祐介のレビュー・感想・評価

家路(2001年製作の映画)
3.5
マノエル・ド・オリヴェイラ「家路(Je rentre a la Maison)」
ポルトガル=フランス合作 2001年
家族を事故で失い、俳優としても限界を感じ始めた老俳優の悲哀を描く作品です。彼は一人残された孫との生活に希望を見出します。その冒頭の場面がちょっと気になります。
シェイクスピア劇の老優が、ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ」第一挿話の劇化作品の脇役に起用されます。ダブリン湾を臨むマーテロ搭の場面の稽古で、「重々しく、肉づきのいいバック・マリガン」を演じます。『ワレ神ノ祭壇ニ行カン ― あがって来い、キンチ! あがって来いったら、このべらぼうなイエズス会士め、が!』
ところがどうしても後半の台詞が出てきません。何度やっても駄目です。彼は逃げるように舞台を去ります。この場面がどうしても気になってしかたがありません。何故、他の劇作品ではなくユリシーズの、それもマーテロ搭の場面なのでしょうか?シェイクスピアの役者が何故、マラカイ・マリガンを演じるのでしょうか?当時96歳の巨匠はこの場面で、何に焦点を合わせたのでしょうか? ジョイスか、老俳優か、それともミシェル・ピコリ自身か、監督の視線なのか―四方田犬彦の「俺は死ぬまで映画を視る」(現代思潮社2010年)のなかにこの場面の記述を見つけました。「オリヴェイラは…ピコリを起用して、ジョイスの「ユリシーズ」の一挿話を芝居にするという不思議なフィルムを撮っている…不透明な感情が全体を支配する、曇天の空のようなフィルムだった」。
青山祐介

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