河

ゴダール・ソシアリスムの河のレビュー・感想・評価

ゴダール・ソシアリスム(2010年製作の映画)
4.8
古代文明から数学、民主主義の発展から資本主義、国家、そのグローバル化に至るまで、進化しているように見えてただ無に向かっていくだけのようにも見える西洋中心的な歴史、その歴史的な転換地点になっているような場所を豪華客船と共に辿る。豪華客船はその発展の先にある現代の比喩になっていて、その中にいる人たちは船内のアナウンスに従うだけの亡霊のようになっている。その中に狂人や共産主義国や第三世界の生き残りのような人々もいる。民主主義と制度の帰結として内戦があり、その西洋中心的な歴史として辿られる土地は暴力のあった土地でもかる。その豪華客船は資本主義社会の始まりとして大航海時代と重ね合わされていて、その侵略の陰のようなものを持っている。豪華客船での享楽的な生活が暴力的に映る瞬間があり、その訪れた土地で行われた侵略や内戦がモンタージュされる瞬間もある。冒頭で今や金は水と同じように公共財となっているというセリフがあり海が映る、その金である海は蓄積されてきた負の歴史を現すように暴力的に映されて、そこに浮かぶ船は逃げ場のない法や制度に縛られた場所になっている。そして二部ではその船が家庭に置き換わる。国家は孤独であろうとする力学を持っていて、それが故に結びつきは分断されていく。それが内戦に帰結する。逆に個人はペアになることを指向するため、国家と矛盾する。その中で隣人愛の実現、ペアになることを諦めたような親に対して、その子供はそれを実現しようと思考し、再びフランス革命を起こす。そして三部では一部で瞬間的に映っていた、西洋史的な歴史からは見過ごされた様々な歴史が現出する。
『ウィークエンド』に近いような、映画を既存秩序として、既存秩序ごと映画を破壊する意志に満ちたような映画。二部以外は複数の語りが同時に発生する。コラージュ的な映画って映像だけじゃなく語り含めてのことだったんだと思った。特にその語りへと一気に飛躍する二部のラストからそれが極まるような三部がものすごくて、どん詰まりまできてしまった西洋社会、その中で犠牲になってきた人達や歴史から消された暴力が亀裂から吹き出してくるような感覚があり、さらにそれが何にも収束せずそれぞれ違う方向に拡散していくような感覚がある。その勢いのままウィークエンド以降の5年ほどのゴダールの映画のような、攻撃的な扇動によって映画が終わるので見終わった後割と放心状態になった。
80年代のゴダール映画は映像や音をポリフォニックにすることによって複数の物語を全体でもあり独立してもいる状態にしようとしていたっていうのをどこかで読んだけど、その辺の映画は語りがそれと両立されてる感じが個人的なくて。逆に90年代以降だとそれが前景に出てこなくなって、語りもレイヤーになっていて主題が一つあってっていう形に落ち着く感覚がある。そういう意味では、二部ラスト以降は80年代やろうとしていたことが遂に語りとも一致した瞬間なのかもしれない。そしてゴダールの映画は当たり前のようにめちゃくちゃに音楽が良い。
二部でバルタザールみたいな馬が出てくるけど、『愛の世紀』でブレッソンを話の根幹として引用していたのでバルタザールなんだろうなと思った。
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