サマセット7

ザ・エージェントのサマセット7のレビュー・感想・評価

ザ・エージェント(1996年製作の映画)
4.4
監督・脚本・製作は「あの頃ペニーレインと」「バニラスカイ」のキャメロン・クロウ。
主演は「トップガン」「ミッションインポッシブル」のトム・クルーズ。

[あらすじ]
生き馬の目を抜く激しい競争を勝ち抜くスポーツ・エージェント、ジェリー・マグワイア(トム・クルーズ)。
ある日過熱する拝金主義に疑問を抱いた彼は、所属事務所に改善提案書を配布するが、これを理由に解雇されてしまう。
担当していた顧客も全てライバルに奪い取られ、彼に残されたのは、アメフト選手の有望若手クッシュマン(ジェリー・オコンネル)と話の長い曲者選手ロッド(キューバ・グッディングJr)、そして、彼の提案書に共感したシングルマザーの経理事務ドロシー(レネー・ゼルウィガー)のみ。
絶望的な状況からジェリーは起死回生を目指すが…。

[情報]
作品から人柄の善さが滲み出るキャメロン・クロウ監督が、1996年に監督・脚本・製作を務めたヒット作。

公開時に主演のトム・クルーズは34歳。
同年にミッションインポッシブルの第一作も公開され、乗りに乗っていた時期である。
ヒロインを演じた、後のオスカー女優レネー・ゼルウィガーは27歳。
彼女にとっては今作がブレイク作となり、後の「ブリジット・ジョーンズの日記」のヒットにつながることになる。
そして主役2人を食うキャリアハイの演技を見せたキューバ・グッディングJrは、今作でアカデミー賞助演男優賞を獲得した。

原題はJerry Maguireで、主人公の名前である。
終盤、このタイトルの意味が明らかになるシーンがあるのだが、邦題だと残念なことに「タイトル回収!!」とはならない。
評判の悪い邦題の一つである。

今作は、実在のスポーツエージェントであるリー・スタインバーグをモデルとしたとされ、同人がテクニカル・コンサルタントとしてクレジットされている。

なお、しばしば出てきて自己啓発的な発言をするジェリーの「メンター」ディッキー・フォックスは架空の人物である。

キャメロン・クロウは、音楽ジャーナリスト出身で音楽に造詣が深く、今作の音楽使いも自然かつ気の利いた選曲となっている。

今作のジャンルは、ロマンティック・コメディと、ビジネス・サクセスストーリーのミックス。
スポーツもの、業界内幕ものの要素も含む。
メインストーリーは、スポーツエージェントが逆境を乗り越えようと悪戦苦闘する姿を、顧客との信頼関係と恋愛関係を中心に重層的に描く。

今作は、5000万ドルで製作され、2億7千万ドルを超える大ヒットとなった。当年の北米興収では、同じくトム・クルーズ主演のミッションインポッシブルに続き第4位(インデペンデンスデイとツイスターが1位、2位)、世界興収では9位。
特にアメリカ国内における、トム・クルーズの当時の人気ぶりがうかがえる。

今作は現在も広く支持されており、特に批評家から好評を得ている。
アカデミー賞5部門ノミネート、助演男優賞受賞(キューバ・グッディングJr)。
トム・クルーズに、ゴールデングローブ賞の主演男優賞をもたらした。

[見どころ]
「負け犬」と呼ばれた男の奮闘劇!!
前半でなかなかドン底の状態になるため、ここからどうする??!どうなる!?と引き込まれる!
空回り続けるトム・クルーズに残されたのは、煩い自信過剰な選手ロッドのみ!!
肉食系美人の婚約者とは仕事の転落に呼応して酷い別れ方をし、目の前には、見守ってくれるシングルマザーが…。
コロッといってしまうが、それでいいのか、トム・クルーズ!?
そいつでいいのか、レネー・ゼルウィガー!!?
2人もグッディングJrも、演技が良い!!!
ゆったり時間を使って、丁寧に悪戦苦闘のエピソードを積み上げた先に、ジェリー・マグワイアが目にする光景とは…!???
泣くわー!!!

[感想]
正直舐めていたが、これは良い作品だ。
名作だ、傑作だと持ち上げる気はないが、なかなか刺さった。
仕事にモヤっている人は、観てみるといいかもしれない。

美貌のイケメン俳優、あるいは、狂気のスタントに挑むアクションスターのイメージの強いトム・クルーズだが、俳優としての味わいは、「胡散臭さ」にこそある。
顔からして、カッコ良すぎて、胡散臭い。
そして、その演技のエキセントリックな味!!
まずは、今作は、そんなトム・クルーズの怪しい魅力を満喫できる映画だ。
何しろ、演じるのは、アメリカにおけるスポーツ・エージェントである。
資本主義の申し子!!!
伏魔殿の住人!!
存在自体の胡散臭さが、絶妙にトムの個性とマッチしている。
有名な「Show Me The Money !!!」の電話越しの連続絶叫!!!
ヘルプミー、ヘルプユー!!の連呼!!
酔っ払ってドロシーの家に上がり込んだ際の、怪し過ぎる言動!!!

脇を固めるキャラクターたちもとても好い。
序盤から終盤まで、テンション高くグッディングJrが演じるアメフト選手ロッド・ティドウェル!!
彼のマーヴィン・ゲイの「What's Going on」の熱唱!!
妻との惚気!!!
惹かれ、大事に思い、揺れ動く、レネー・ゼルウィガー演じるドロシーのコミカルかつロマンティックな名演!!
ドロシーの子、レイのジェリーも惚れる可愛さ!!
優秀過ぎるライバル、ボブ・シュガーの絶妙な嫌味具合!!

そんなキャラクターのエピソードが、ジェリー中心に一つ一つ丁寧に紡がれる。
キャメロン・クロウの演出と脚本は、不当に急がない。
その結果、ジェリーの苦境と、揺れ動く気持ちと、決定的に欠けていたものが、徐々に徐々に見えてくる。

彼に見えていなかった、最も重要なものとは、何だったのか?
それが徐々にぐつぐつと醸成され、ついにジェリーの口から出たとき、物語は色合いを変える。

これは良い作品だ!!!

[テーマ考]
今作は、過酷な現代社会をより良く生きる上で、信念と、信頼と、愛の重要性を謳った作品である。

中でも「ハートが空っぽなら、頭は無意味だ」という言葉が、今作のメインテーマとなっている。
丁寧にエピソードを重ねるからこそ、ジェリー自身、ロッドとの関係、そしてドロシーとの関係に、それぞれこの言葉が鮮烈に響く。

要は精神論であり、今作自体が、具体的な方法論を提示するような映画ではない。
しかし、「ハートが大事」というどストレートなメッセージは、案外現代人が忘れてしまっている基本ではないのか。

ハートとは何か?
信頼関係を基礎として、真に重要な耳の痛いことを直言できること。
文句を言わず、他者のために、なすべきことをなすこと。
自分の良心や真心に嘘をつかないこと。

[まとめ]
トム・クルーズ&キャメロン・クロウのコンビによる、大事なメッセージの詰まったお仕事ロマコメの良作。

今作で共感を集めブレイクしたレネー・ゼルウィガーは、ブリジットジョーンズの日記、シカゴ、コールドマウンテンなどの演技で多数賞を獲得するも、2010年から2016年までハリウッドから離れてしまう。
そんな彼女の人生と重なるとされるのが、2019年の「ジュディ虹の彼方で」。
同作で彼女はアカデミー主演女優賞を獲得するに至る。
未見なので是非見てみたい。