まりぃくりすてぃ

令嬢ターニャのまりぃくりすてぃのレビュー・感想・評価

令嬢ターニャ(1989年製作の映画)
4.7
ちょっとだけ要領の悪い美人娼婦(兼 看護婦)、を丁寧に骨太に流麗に描いて愛おしい出来ばえ。長さに多少の疲れはもらうが、長篇文学(例えばスタンダールなど)をじっくり読んでいく根気があればべつに。とにかく丁寧な映画だもん。

一部の特権階級を除けば、私たちが人生の中で大きな福を掴めるチャンスって、案外少ない。せっかくの時に、努力は足りてるし心がけも良いのに(いや、真人間だからこそ!)要領が少ぉしだけ悪くて墓穴を掘り始めちゃったのが、本作の主人公ターニャ。
もしも腐りきった父の前でネコをかぶることができたなら。売春仲間たちにももう少しお世辞を献じておけたなら。───「if」がつきまとう過去展開それ自体が、私たちの人生にも還元しうる普通さだ。
全シーンとはいわないが、時折私の歯を食いしばらせるほどの迫る演技でそんな悩めるターニャをやりぬいた、高価値な存在感のエレーナ・ヤーコヴレワ。題材のわりに作品が少なくとも中盤までは明朗さに覆われてたのも、まず誰よりも彼女の華やかさのおかげか。
脇役たちによる彩りもいいよ。(最初は妹設定かと思った)美しい隣人リャリカをターニャが従えるゴージャス。トラック運転手ビクトルとのキラキラタイム。それに“ガリバー”とか“プッシーキャット”とか渾名つけられちゃった娼婦仲間や、必ずしもソビエト的すぎないイケメン係官たちや、時代が時代だけにオウム幹部を想わせる買春日本人や、ついでにどこかイマドキ日本娘的な風貌のスウェーデンで出会ったバツイチ女性、等々。素敵。
二度出てきた「♪旅人は越える バイカルの湖を」のフォルティッシモなコーラスは、一瞬あの『ムーンリバー』クライマックスバージョンにさえ勝利してた(と思う)よ。あっちと違って、ちぐはぐじゃない丁寧な丁寧な物語だし。
好感度ずっと高かった母役とリャリカ役が最後の渾身演技を並べ、そのリャリカの壁叩きに同期してターニャを風音が襲うところからは、目がまったく離せず、泣きながら私は「ターニャ、なぜ泣くの? いつ知ったの? 緩めて。少し緩めて」と胸中でムダに壇ノ浦に向かって呼びかけた。

ということ。エレーナ・ヤーコヴレワは80年代らしいポップさのある美貌込みで女優としてほぼ完璧だった。威すシーン(ガキどもを/強姦男を)の喋りが弱っちかったので、少し引いて98点。
誰でもよかったみたいな夫ラルソン氏役があそこまで髪薄いのは、脚本上どうしても必要だったかな?