サマセット7

メメントのサマセット7のレビュー・感想・評価

メメント(2000年製作の映画)
4.5
監督・脚本は「ダークナイト」「インセプション」のクリストファー・ノーラン。
主演は「LAコンフィデンシャル」「アイアンマン3」のガイ・ピアース。

[あらすじ]
記憶障害のため短期的な記憶を保持できない男レナード(ガイ・ピアース)。
彼はポラロイドカメラの写真と、自らの体に入れ墨として入れたメモをヒントに、妻殺しの犯人を追い詰める。
物語は、レナードがメモの指し示す男「ジョン・G」への復讐を果たしたところから始まり、数分刻みで、「現在」に至る「過去」、「結果」に至る「原因」を遡る形で語られるが…。

[情報]
10年代ハリウッドにおいて、興行的成功と批評的評価を両立させた稀有な監督クリストファー・ノーランの、商業映画デビュー作にして、出世作。

今作は時系列を逆転させ、終わりから始まりまでを描く「巻き戻り」映画である。
クリストファー・ノーランは、後年、時間をテーマにした作品を多く発表しているが、今作は彼のキャリアの初期作でありながら、時間をテーマにした決定版というべき作品である。

監督のみならず自ら脚本も手がけるノーラン作品の特徴として、観客の思考力に過負荷をかける作風、撮影法への異常なこだわり、スパイアクション、ノワール、ミステリーといったジャンル娯楽ものへの傾倒、ユーモアの欠如が挙げられる。
流石に後年のように予算を浪費できない今作では、IMAXカメラの使用や、巨費を投じて非現実を現実にしてしまうような荒業は見受けられないが、限られた予算の中で彼のエッセンスは色濃く刻まれている。

中でも観客の思考力に負荷をかける作風は全開されている。
時系列を巻き戻る形式は、順列の物語に慣れた観客を混乱させる。途中、順列のパートが差し込まれたりするので、余計にややこしい。
一度で今作の全てを正確に理解するのは困難だ。
しかし、ただ訳の分からない映画に終わらないのが、ノーラン作品の恐るべきところ。
結末まで見終えた観客は、なぜかユーモア皆無のこの作品を、また初めから見直してしまうのである。

900万ドルの低予算で作られた今作は、口コミで評判を呼び、4000万ドルのヒットとなった。
批評家、一般層共に高い評価を得ている。
アカデミー賞脚本賞、編集賞にノミネートされている。

[見どころ]
他では味わえない、逆順の奇怪な映画体験!!
その言葉、前に(後に?)出てきたぞ!?思考力と記憶力が試される!!
短期記憶を失っていく主人公への没入感!!
謎が謎を呼ぶ展開の妙!!真相は如何に???
伏線や仄めかしの回収!!
後味はノーラン節。にもかかわらずのリピート性!!

[感想]
クリストファー・ノーランの代表作は何か。
人に薦めるならインセプション。
もちろん故ヒース・レジャーがジョーカーを演じたダークナイトも候補に入る。
しかし、後世、映画史的にクリストファー・ノーランの代表作、あるいは0年代を代表する作品として挙がるのは、今作ではないか。

今作の視聴にはとても頭を使う。
それも、頭の中の、いつも使っていない部分を使う。

今作を牽引するのは、いくつもの謎だ。
しかし、その謎は、分かりやすくセリフで示されない。
観客が自ら考えて、疑問に思うのだ。
一体どうやって、記憶障害の主人公が、復讐を達成したのだろうか?
そして、冒頭に果たされた復讐の相手は、本当に彼でよかったのか??
彼の、彼女の言葉は、真実か?あるいは虚偽か?

作中、主人公は、一体なぜ自分が「こんな状況」になっているか、わからない。
その様は、まさしく、「過去」に何があったかわからない観客の認識と一致している。
ゆえに我々は、レナードの混乱を追体験することになる。

疑問は、次の瞬間、明かされることもあり、と同時に別の疑問が立ち上る。
ナタリー絡みの展開が秀逸だ。

全体として、明らかに異様な作品だ。
他のノーラン作品同様、今作にはユーモアのかけらもない。ロマンスもない。
他のノーラン作品にせめても見られるような、派手なアクションやSF的ギミックもない。
にもかかわらず、構成の妙で最後まで見せ切る。
入れ墨メモだらけの外見も、とにかく異様だ。

この作品の何がそんなにイイのか?
おそらくは、知的快感。
頭をフル回転させることそのものの、悦楽。
あるいは人の頭は、物事を順序立てて理解したくてしたくてたまらない、という構造になっているのかもしれない。
今作の情報の過剰さは、こうした快感を煽り立てる。

人を選ぶことは間違いないが、こんな作品は唯一無二。
そして、こんな奇っ怪な作品をヒットさせてしまうのは、クリストファー・ノーラン以外ではあり得ない。

[テーマ考]
タイトルのメメントは、元はラテン語で、記憶、とか思い出の種といった意味。
「メメント・モリ」(死を忘れることなかれ)という言葉が有名だ。

今作の主題が、人の記憶であることは明らかだろう。
人間の存在にとって、記憶とは何か?
記憶によって担保される行動の一貫性というものが、如何に重要か。
人間関係とは、記憶の集積に他ならない。
などなど、今作が示唆することは数多い。

今作を最後まで見ると、また別のメッセージが浮かび上がる。
すなわち、人は所詮、自らがなりたい自分にしかなれない、ということだ。

[まとめ]
クリストファー・ノーランの鬼才ぶりを知らしめた、「巻き戻り」型ミステリーの怪作にして傑作。
今作は難解と言われるが、頭を使えばぎりぎり分かったような気になれる、という絶妙なバランス調整がされている。
その辺りに、ノーランが作家性を保ちつつ、メガヒットを連発できる秘密がある…、のかもしれない。