ストレンジラヴ

影武者のストレンジラヴのレビュー・感想・評価

影武者(1980年製作の映画)
4.2
「人あってこその影じゃ」

甲斐国で盗人(演:仲代達矢)が捕縛される。磔になるのを待つばかりであったが、容姿が武田信玄に瓜二つであったことに目をつけた信玄の実弟・信廉(演:山崎努)が万一のために身元を引き受ける。天正元年(1573)、信玄(演:仲代達矢二役)は西上半ばにして死去。「万一のことある場合は三年の間喪を秘すべし」との信玄の遺命に従い、信廉や重臣・山県昌景(演:大滝秀治)は盗人を影武者として信玄に仕立て上げる。
監督・黒澤明、外国版プロデューサーにフランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスという重厚な布陣で臨んだ超大作だが、度重なる交代劇に見舞われた苦労作。当初、信玄と盗人役は勝新太郎が起用されていたが諸般の事情により途中降板、音楽も佐藤勝が黒澤との対立から降板し、池辺晋一郎が引き継いだ。それでもなんとか完成にこぎつけたこの映像叙事詩は世界的に高評価を受け、第33回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールに輝いた。
思うに、キャストの途中交代は不幸中の幸いだったかもしれない。仲代達矢による信玄と盗人の演じ分けは実に見事で、これを勝新太郎がこなせたとは思えない。恐らく盗人の存在が消えてしまったに違いない。そして実写による大軍の動きは圧巻である。180分の上映時間が全く苦ではなかった。
しかし戦国ファン、特に武田家のファンとして言わせてもらうと、一部人物描写には不満が残る。まず重臣"赤備え"山県昌景は長篠合戦時点で47歳である。それを大滝秀治が演じるのは無理がある。「若き勝頼vs.老いた重臣たち」の対立構図を描くためにはやむを得なかったのかもしれないが、いまいち強さが伝わってこない。そして最も不満なのは萩原健一演じる諏訪勝頼(武田勝頼)である。一般的に勝頼は武田家を滅亡させた無能と見做されることが多い。長篠の敗戦も、武田家滅亡も事実だが、一方で武田家の最大版図を実現させたのは長篠合戦後の勝頼なのである。そして織田信長も最期まで勝頼には一目置いていたことを鑑みるに、信玄ほどではなかったにせよ、それほど無能ではなかったと見るべきであろう。そうすると、クライマックスの長篠合戦の描写はあまりにも単調で、必要以上に勝頼を貶めているように感じてしまう。実際の長篠合戦は兵数の多寡による力負けであり、鉄砲隊に無闇に突っ込んでいくような無為無策ではなかったようだ。栄枯盛衰を強調するためとはいえ、悪意が見え隠れした。
しかし改めて強調するが、映像叙事詩としては圧巻の出来で、恐らくこれほどの作品を作れる人物は今の日本にはもういないだろう。観て損はない。