うにゃ

バウンティフルへの旅のうにゃのネタバレレビュー・内容・結末

バウンティフルへの旅(1985年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

まず、あのお母さんと嫁の間にいたら、そりゃ息子は病気になるだろうなぁと思った。

嫁も少し意地悪な所があるけれど、義母を心配するいい所もあるので完全なる悪いお嫁さんではない。
主人公であるお母さん、ワッツ夫人も夜中に嫁の嫌いな賛美歌を歌ったり、嫁に言われたレシピを探して嫁のドレッサーの引き出しを開けてしまう。
気持ちは分かるけど、引き出しを開ける時は、
「引き出しの中は探したの?」
と聞いてからがいいんじゃないかと思った。案の定
「プライバシーがないわ!」
と嫁が激怒。
けれどその後、年金の封書が届かないと義母のハンドバッグを開けて探していたので、びっくり。どっちもどっちだった。

嫁の立場からすると嫌いな歌をずっと歌われるのは苦痛だと思うし、ワッツ夫人の立場からすると好きな歌くらい歌いたいだろうし、最後にルールを決めたのはいい考えだと思う。

ワッツ夫人の生きている間に生家を見たい。故郷に帰りたい。という気持ちは良く分かる。
息子が「戻ってきても辛いだけだと思ったんだ。でも、もっと早く連れてきていれば…」みたいな事を言って後悔していたのも分かる。
でも、何回もトライしていたようにワッツ夫人は帰りたかったんだよね。

ワッツ夫人の郷愁が悲しかった。

映画を観ている私自身も、生家に戻りたいと、未だに夢を見る。
家の夢を見る時は、必ず生家だ。
その家は、ベランダから外を見ると、大きな空き地に半野良猫が何匹かいて、草の上でゴロゴロと日向ぼっこをしているのが見えた。
そして、たまに家の車の上、バイクの上でくつろぐので、足跡や毛が沢山付いていて父が困っていたけれど、それも可愛いねぇと言ってすんでいた。
父がバイクの上にペットボトルを置いてみたが、翌日猫はペットボトルの上に座っていて意味がなかった。笑えた。
プランターにトイレされた時には、困ったけれど、一応顔見知り猫なので許した。
近所のおばさんが餌をあげている半野良達。
その子達がくつろぐ様子を見るのがとても好きだった。ここは安全の地だと知られていたのか?よく新入りもきた。
すると、母が私達を呼び「新しい子だよ!」と知らせてくれた。
険しい顔でやってきた新入りが、おばさんから餌をもらい、縄張り争いもなく他の猫達とゴロゴロする毎日で表情が変わっていく。そしてゴロニャーンとするようになる。
反対側のベランダからは、教会が見えた。日曜日にはそこから綺麗な歌が聴こえた。
歌を聴く時には、ベランダから会釈をして挨拶をしていた。
キリスト教徒ではないのに、クリスマスやハロウィンなどのイベントがあると、教会の人が家にクリスマスカードやお菓子を持って訪ねてきてくれた。
平和な幸せな思い出が沢山ある。
郷愁。私も思い悩んだ末、ワッツ夫人と同じように一度生家を見に行った。
変わり果てていた。
草がキラキラしていた空き地も、猫達も全て消えていた。教会も。
当たり前だが、あの頃には戻れないんだ思い知り涙を堪えながら帰った。
そんな事を、映画を観ながら思い出して涙が出た。
うにゃ

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