キューブ

イン・アメリカ/三つの小さな願いごとのキューブのレビュー・感想・評価

5.0
 アメリカに渡ったアイルランド系移民の家族の話。彼らが移り住んだのはNYのはずれにある麻薬常用者などが住むアパート。大抵の人はこう聞いただけで陰鬱な映画を想像してウンザリするかもしれない。だが実際は、この映画はまったく正反対の代物だ。これほど力強く奇跡の力を訴えかける映画もそうそうない。
 基本的に物語は子ども達(主に姉のクリスティ)の目を通して描かれる。薄暗いアパートでさえも彼女らにとっては十分すぎるほどの遊び場だ。妹のアリエルは無邪気そのもの。うるさすぎて苛つくこともあるが、あくまで子供らしく、そんなシーンでも愛らしく見える。姉のクリスティはちょっと大人びている。子供の視点ながら、周囲の人々を見て、落ち着いた行動を見せる。
 それに反して、登場する大人は総じて不安定な心理状態の人物ばかりだ。役者志望の父親ジョニーはオーディションに落ちてばかりで、普段は優しいが、時折溜まったフラストレーションを爆発させる。その妻サラも明るく快活な性格だが、事ある度に塞ぎ込む。しかし彼らは別におかしいわけではない。大人だからこそ、状況を理解することができてしまい、それに苦しむ羽目になるのだ。
 監督のジム・シェリダンはそんな家族の関係を様々なエピソードから、見事に紡ぎ出す。夜店のシーンなど象徴的だろう。監督はこのように希望と失望を交互に描くことにより、移民の生活の苦しいリアルを損なうことなく、心温まるタッチで映し出している。期待と不安が入り交じった数々のシーンは形容しがたいほど見事だ。
 こういった彼らの心情の背景には、幼い息子の死が影を潜めている。そこに表れるのが「叫ぶ人」ことマテオだ。ここから物語は移民の日常を淡々と描いた物から、人間の生と死の意味を観客に向かって問いかける物となる。それも説教臭くて、わざとらしいものではない。ごくごく自然に、だが感情豊かに話しかけてくる。
 家族に新しい生命が宿ったと知ったとき、彼らはいままで秘めていた個々の思いをさらけ出す。動揺し、戸惑い、時には怒りを覚えながらも、今までの自分を乗り越えようとする。俳優たちの演技が完全に自然体だからこそ、心情を吐露するシーンは静かながらも圧巻だ。子供が大人を変えていくのも、子供だから成せる技である。
 最後の方は涙を抑えるので精一杯だろう。この映画の、観客の心を揺さぶる力は本物だ。映画が終わった後、希望が胸にあふれることは間違いない。
(12年10月28日 BS 5点)
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