鑑賞日記

ドッグヴィルの鑑賞日記のレビュー・感想・評価

ドッグヴィル(2003年製作の映画)
4.5
もはやラースの3時間があっという間に感じてきている…笑 

ドッグヴィルという閉鎖的な街に逃げ込んできたグレース(ニコルキッドマン)はギャングに追われていた。そこでトム(ポールベタニー)という青年に匿ってもらい、次第に街のみんなに受け入れてもらうが…

床に線を引くことで、区切りを表している作品。例えば⚪︎⚪︎さんの家はここからここまでというのを、全て線を引いて示す。
だから、どの家も立体的には無でした。
ここが程よく奇妙でした
胸糞悪いです。途中辺りずっと…笑
見知らぬ人を招くのは抵抗ありますよね。ましてやギャングなんかに追われている人を。
人間必ずしも抱えている闇をそのまま写したような3時間でした。そういう意味ではこういう映画こそ実態をついているのかも…
世間で人気のある映画は、あくまでも創作という観点で傑作であるが、ラースの作る映画は確かに創作として世間的には受けいられにくいが、実はリアリティに溢れていると僕は思います。それが故に人はそこから目を背けているのではないか、と。

園子温監督の「愛のむきだし」という映画のメイキングで、満島ひかりさんが次のようなことを言っていたのを思い出しました。
「愛のむきだしの台本を読んで、今まで考えてきたことが全部載っていることに気づいた。
園さんのセリフは難しく、リアル。日常で使っているからこそ、覚えられない。きっとどこかで逃げている自分をちゃんと見つめ直さなければ入ってこないセリフ。それは自分の闇であり、見たくなかった部分を見つめることである」
園子温監督もラース監督の熱狂的ファンであり、2人の観念は共通していると思う。
2人とも映画祭で問題作扱いされるし…

ここからネタバレあり
ドッグヴィルという閉鎖的な空間は、実は現実に溢れていると思う。それは教室、仕事場…そう言った場所では、みんなが本質的には他人に無責任であり、無興味。
そんな中でも、ある程度年月を重ねると、コミュニティという括りで集団意識が芽生え始める。これも他人のため、ではなく自分のため。安定感、キツくいうと隷属感を得るため
ある程度完成されたコミュニティに、見知らぬ女性が来た。それもどうやら犯罪に関わっているらしい。当然集団心理で、彼女を追い出そうとする。もしくは、他人に投げ出そうとする。その時点で、彼女の敗北感は拭えない…
しかしその中でも、手を差し伸べる人が現れる。その人の考えがなんであれ、表面的には手を差し伸べる。これは現実世界にもあり得る。この時点で、大抵の映画はその人物を「救い」として扱う。しかし殊ラース作品は、それを「絶望」として扱う。これこそが、リアルだと思う。全ての現実でそうでないにしろ、皆誰しもここの葛藤はあったはずだ。「裏切り」「利用」無関心よりも悪なもの。
こういう映画を観てとても共感してしまう僕は荀子の「性悪説」派です。皆さんはどうですか。
ダンサーインザダークと違って、スッキリしたオチ。オチでもっと胸糞なのかなと思いきやそうでもなく…一安心。
誰にも救いを期待出来なかったが故の結果。
だけど犬を助けたシーンは良かった。
本能のままに生きる動物の方がどれほどマシか…ついそう思ってしまう終わり方でした
最高😃
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