ベルサイユ製麺

ロスト・イン・北京のベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

ロスト・イン・北京(2007年製作の映画)
3.8
別にファン・ビンビンの濡れ場目当てで借りた訳では…ないよ。言い訳めいて聞こえるかもしれませんが、マジのマジで一般映画の中にエロの直接描写は全く求めてません!エロなんてその気になればネットで気軽に摂取出来る御時世ですし、一般映画的には“そういう事があった”とさえ分かれば全く問題無いと思います。寧ろノイズにすら思えますよ。プンプン!
じゃあなんでコレを観たかと言われれば、「アクション物以外の中国映画が観たかった」からです。…説明すればするほど疑わしい雰囲気かね?

2007年制作。描写の過激さなども有り本国では上映禁止になったそうです。
…た、確かに!脱ぐ、というか、濡れ場というか、日常生活とシームレスに繋がる性描写が生々しくリアル。必然性の有るタイミングでのみの的確な性描写。OK!(濡れ場の必然性警察)
いや、そんな事より、めちゃくちゃ良い映画でしたよコレ!正直ちょっと細部の理解が追いついてないのですが…。
人物の内面も、出来事の重層性も言葉で説明するのが困難な繊細さでして、一応構図だけ書き出すと…
マッサージ店(健全)勤務の女ピングオ(ファン・ビンビン)はビルの窓拭きの夫と貧しく小さい家庭を持っているが、その事は勤務先には秘密。
酔っ払って酩酊状態のピングオはマッサージ店の社長を意図せず誘う形になり、そのまま半ば強引に押し倒されてしまう。そのことを知った夫は怒り、社長を恐喝するが、にべもなく追い返される。
しかし程なくピングオの妊娠が発覚。現状夫の子であるのか社長の子であるのかは不明。社長は夫に子供の買取の契約を持ちかける。なんでも、子宝に恵まれない社長は、その子がもし自分の子供である事が確認できれば高額で買い取ると言うのだ…。

ピングオは悪い人間では無いが、若さ故か環境の所為か、浅薄で主体性が無い。
夫は怠惰。金の亡者。善悪の判断があやふや、要はガキ。とても弱い人間。
社長は、基本的には善人。据え膳を勘違いで完食して、結果美人局にあったような雰囲気で可哀想…。一方で金で子供を買おうとする様な驕った人物でも有る。
社長夫人は、強い。夫と仲は良かったが今回の件で裏切られ、ささやかな復讐として×××する、寂しい人。もしピングオの子が社長の子だとすると、長らくの不妊の原因が自分にある事が決定的になるので気が気でない…。

この4人の思惑と愛憎が入り乱れ、歪な人間関係が軋みを上げる様を静かに描きます。
ネタバレ感が有りますが、結局子供はちゃんと健康に生まれます。完全に血縁のない1名を除けば皆その赤ちゃんを愛しているのが見て取れますが、反面それぞれのパートナーにも正しく愛を注げているのかと言えば、せいぜい依存程度、悪く言えば都合で連れ合っているだけにも見えます。
彼らの姿を通して、現代の(とは言え10年前)中国の社会問題を炙り出していきます。
社長夫婦の悠々自適な暮らし振りに比べて、ダブルインカムでありながらゴミだらけの酷く狭い部屋で暮らす若い2人。貧富の差の問題は歴然です。急な経済成長に伴わない倫理観は主なテーマの一つだと有ると思います。そして何より女性の生きにくさの問題。仕事として主に男性向けのマッサージを行い、客の過剰な接触も笑って受け流すのみ。既婚であるというだけで解雇。腹を痛めた我が子を物の様に遣り取りされ、暴力の前に無言になる…。男どもに振り回される女性たちの姿に胸を締め付けられます。
車窓から臨むビル群。市井の人々の姿など、実写のショットも所々に挟まれ北京のリアルを感じさせます。おそらく実際に中国で暮らす人にしか感じ取れないような仄めかし、隠喩なども含まれているのではないかな…。

観終えてみると、成る程中国では問題視されそうな性描写も有るのには違いないのですが、寧ろ提起される社会問題の方が検閲に引っかかったのではないかと感じられました。政府に恐れられる映画、最高じゃないですか。
個人的にはジャ・ジャンクー監督作品や『薄氷の殺人』と同じフォルダに並べたいような、現代中国の心の暗部をビビッドに切り取った意欲作だと思います。これはホント観て良かった。おススメ!