開明獣

FASTESTの開明獣のレビュー・感想・評価

FASTEST(2011年製作の映画)
5.0
コンチネンタル・サーカス。巨大なモーターホームで欧州大陸をレースのために移動する一群がサーカス団のように見えるため、ロードレース選手権のことを指す呼称。

このサーカスの一団は、コンマ01秒の極限の世界で闘い、時に10万人以上もの大観衆が、そのパフォーマンスに興奮の坩堝と化す。コースレイアウトによっては、F1マシーンをも凌ぐ加速性能と最高速で駆け抜けていく。ストレートでは350kmにも達することがあり、200km以上で駆け抜ける高速コーナーも存在する。アライメントが0.1mm狂っただけでも、マシンの挙動は変化し、加減速では2.5G以上もの負荷がジオメトリーにかかる。60度ものバンク角を駆使して、ライダー達は220馬力の悍馬を果敢に操る。

不等間爆発レイアウトされた複数気筒のシリンダーの中で最大の燃焼効率を上げるべく、フューエルインジェクションは、気温、湿度をセンシングして最適化された化石燃料と酸素の混合物を送り込み、2つのカムシャフトは4つのバルブを稼働させるのに多忙を極める。

四輪の世界では、レースでの勝因比率をマシーン8、ドライバー2ともいうが、マシーンを動的に操る度合いが極めて高い2輪のレースでは、マシーン4、ライダー6とも言われている。それを証明して見せた天才、イタリアのヴァレンティーノ・ロッシを中心とした、オートバイレースの最高峰、MotoGPの世界を舞台にした、ユアン・マクレガーがナレーションを務めるドキュメンタリーが、本作だ。

4輪と違って、たった2つのタイヤで地面に接地している2輪は、その暴力的なパワーを効率よく手なずけて最速ラップを叩き出すには、人間技とは思えないような凄まじい技量を必要とする。ブレーキング時にはシャシーは悲鳴をあげ、タイヤがグリップしきれずスライドすることは日常茶飯事だ。超高速域で暴れ馬を制することが出来るのは、ごく僅かな選ばれた男達しかいない。

60年〜70年代は、イタリアのジャコモ・アゴスティーニが、80年代は、ケニー・ロバーツ、フレディ・スペンサー、エディ・ローソンといったアメリカンライダーが、90年代はオージーのミック・ドゥーハンが覇権を誇った世界最高峰の2輪の世界に燦然と現れた、6度ものチャンピオンに輝いた男、イタリアのヴァレンティーノ・ロッシ。速さだけではなく、誰をも魅了する人間性。榛色のいたずらな瞳を持つ男は40歳を超えても第一線で活躍していた。

だが、どんな世界にも新旧交代はある。ロッシとて、例外ではなく、スペインの新星、ホルヘ・ロレンソに王座を明け渡す。そのロレンソの王位も長くはなく、その後はロッシ以上の天才の名を欲しいままにしていたマルク・マルケスの独壇場だったが、2020年以降は群雄割拠の時代となっている。

スリップスストリームから抜け出し、サイドバイサイドで時には接触しながらもコーナーを駆け抜けていく。ゼブラゾーンいっぱいまで使い、チャタリングやヨーイングに悩まされながらも、ライダー達は限界まで攻めていく。かつてよりも、安全性は増したとはいえ、この極限の状況下では悲劇は起こりうることだ。かつて、将来を嘱望された日本の若き俊英、加藤大次郎、富沢祥也もレース中の悼ましい事故で亡くなっている。この作品のエンドロールには富沢を偲んでというクレジットが入っていて涙を誘う。

ロッシがヤマハに彼のトレードマークであるゼッケンナンバー46と同じ数の勝利をプレゼントした2010年のマレーシアGPの一年後の同じマレーシアGPでも、悲劇は起きた。この作品にも出てくるマルコ・シモンチェッリは、レース中に転倒、後続のコリン・エドワーズと、ロッシに轢かれ、まだ24歳の若さでその生涯を閉じている。本作では、アフロヘアに茶目っ気たっぷりの愛嬌あるキャラクターぶりを目の当たりにすることが出来るのが、かえって悲しい。作品のリリースは2011年で、その悲劇がここに登場することはないが、シモンチェッリの姿は目に焼きつく。

シモンチェッリは冗談めかして言う。

「セックスとバイクは最高さ」

極度の緊張と興奮がアドレナリンやエンドルフィンといった脳内物質を分泌し、それに過剰に酔ってるいるだけだと揶揄する向きもある。だが、それだけでは説明のつかない世界だからこそ、多くの人達は熱狂する。100分の1秒の世界で生命を賭して闘う男達。常人には狂気とも写るその世界でライダー達が目指すのはただ一つ。

誰よりも速く。

世界最速を目指す闘いは終わらない。コンチネンタルサーカスは、今もなお人々を魅了してやまない。
開明獣

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