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千年女優の犬のネタバレレビュー・内容・結末

千年女優(2001年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

おそらく7回目の鑑賞。奇しくも本日は14日目の月の晩でした。

今作はオールタイムベストなので、評論かぶれの拙文を置いておきます。

大学四年時、映画評論の課題で書いたものです。今見返すと無駄もあるし運び方も雑だけど、記念にね。



どんな姿になっても、あなたに会いたい。一途な女の一生を描いた日本アニメ界の名作。

真実の恋とはなんだろう。それは自己犠牲かもしれない。相手に全てを捧げることかもしれない。しかし、それで幸せと思えるほど、人は簡単な生き物だろうか。

今敏監督『千年女優』は、2002年に文化庁からの支援をもとに製作された長編アニメーション映画だ。国内外の映画賞を数多く受賞しているが、同年に公開された『千と千尋の神隠し』に隠されてしまった名作である。

主人公の藤原千代子は往年の銀幕スタアでありながら、30年前に突如映画界を引退し、隠居生活を送っている。そこへ、彼女の熱狂的ファンの源也と、その部下でカメラマンの恭二が取材にやってくる。

そして、千代子にはずっと追いかけている初恋の人がいると知る。女学生だった千代子は満州へ向かう思想犯である絵描きの男、鍵の君を自宅の蔵に一晩匿う。男は「いつか雪の降る故郷に招待する」と約束するが、翌日警察に見つかり姿をくらます。千代子は彼が残した鍵を首に掛け、映画を通じて彼に会いに行こうとする。
 
今の魅力は「夢と現実の演出方法」にある。『パーフェクトブルー』では「夢と現実の間」を『東京ゴッドファーザーズ』では「夢みたいな現実」を描き切った。テレビシリーズの『妄想代理人』では「夢にすがる現実」を表現し遺作の『パプリカ』では「夢が飲み込む現実」を緻密な絵と色彩で表現した。そして今回紹介する『千年女優』は「夢を追いかける現実」だ。

千代子は映画の中へ入ってしまう。過去の出演作がメドレー形式で登場し、あるときはお姫様、あるときはくノ一、そしてあるときは女学校の先生と、役を通して千代子は自分の過去を語っていく。火事になった列車のドアを開けると戦国時代の風景が広がっている、など誰が思いつくだろう。

千代子の可憐さに惹かれつつも、鍵の君を追いかける一途さに胸を打たれ、二人の再会を切に願ってしまう。劇中の映画も時代を追うごとに色彩が豊かになっていき、千代子の記憶とリンクする仕様になっている。

そして今の演出が光るのは、聞き手の二人も映画の中へ入れてしまうことだ。物陰から千代子を眺めたり、走る千代子を追いかけたり、付かず離れずに見守る。源也が千代子を助ける役を演じるのだが、これもまた現実との伏線であるのが終盤でわかる。

劇中に何回も登場するのが、先輩女優である島尾詠子と、謎の老婆だ。詠子は新人女優である千代子の美貌と若さ、一途さに嫉妬し、嫌味や嫌がらせを続ける人物だ。

そして謎の老婆は、糸車をひき「お前は未来永劫恋の炎に身を焼く運命。お前が憎くて愛おしい」と、時たま千代子の前に現れては彼女を慄かせる。この二人は千代子が抱いている老いへの恐怖心の象徴であり、彼女自身も若さを失っていくことを自覚していく。

また、作中に登場する蓮の花からも暗喩が受け取れる。千代子の好きな花として庭に咲き、源也が経営する会社の社名にもなっている。オープニングで出てくる宇宙ステーションの屋根も、蓮の花のようにデザインされている。

序盤で、千代子は源也に「蓮の花言葉はご存知?」と尋ね、彼は「純真」と答えるが、それに対して千代子は微笑むだけで何も返答しない。

蓮の花は仏像が座る花でもあるが、それは、輪廻転成、美しく咲いては枯れていく無情さを表現しているからだ。女は老いに敏感だ。それが女優なら尚更だろう。作品と記憶の中の自分が一番美しいのだから、時の流れの無情さを延々突きつけられる。千代子が映画界を引退したのは「もう、あの人が覚えている私じゃない」からだ。切なくも理解できる理由だ。

今作は反戦映画でもある。千代子は関東大震災の日に生まれ、右へ右へと流れていく日本を見つめてきた。千代子の敵として登場し、鍵の君を追う顔に傷のある男も戦争の被害者だ。

老いた彼がスタジオの千代子を訪ねる場面がある。鍵の君が千代子に宛てた手紙を渡し、土下座をする。だが、鍵の君は男によって殺されていた。男はその贖罪に現れていたのだが、手紙を受け取ると千代子はすぐに彼を探しに走り去ってしまう。その事実を聞いた若き源也は、千代子の最期まで事実を伝えられない。

鍵の君とも戦争がなければ再会できただろう。しかし、千代子が鍵の君と出会ったのも、女優になろうと思ったのも、ただならぬ戦争の影響だったのは皮肉である。戦争が恋心を燃やす起爆剤であり、彼女を傷つける凶器にもなっている。

そして、その名の通り映画のキーとなる鍵は、千代子の結婚を思いとどまらせたり、再び彼を追いかけ始める原動力となったりする。

映画の序盤、千代子が鍵の君の首にぶら下がった鍵を指し、なにを開けるための物かを尋ねるシーンがある。千代子が画材の入ったカバンの南京錠を見つめるカットがあることから、カバンの鍵であると推測できるのだが、彼は「大切なものを開ける鍵だ」と答える。

では、大切なものとはなんなのか。それは千代子の恋心だろう。千代子は恋心を糧に女優を続け、彼に会いたい一心で生き続ける。記憶が薄れ、彼の顔さえ思い出せなくなっても、必死に人生を駆け抜けていく。

そして終盤、病床で鍵を握った千代子は「またあの人を追いかけていけるんだわ」と目を閉じる。それから、若き千代子が宇宙船に乗っているカットに移り「だって私、あの人を追いかけている私が好きなんだもの」とつぶやき、宇宙が飛び立つと、映画は終わる。

恋とは自分自身が好きでないと成立しない、ある種のエゴイズムだ。しかし、そのエゴイズムこそ、人を動かす。

恋は残酷だ。女の姿形は変わるのに、恋心は日々増していく。老いた自分に絶望しながらも、愛しの人に会うことを切望する。

だが、どんなに衰えようとも、恋をする女は美しく、野心に満ちている。それを純真ととるか、狂気ととるか。恋する女には関係ない。
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