シリーズ完結編。いまひとつ印象に残らない音楽に載せて、アラジンの大冒険が始まる。ミュージカルアドベンチャー。
全般的にブレブレの善悪基準や設定への違和感が付きまとい、どうも冒険活劇としてもミュージカルとしても集中できなかった。もっとシンプルなストーリーの方が良かったな。
また、これは個人の趣味の問題であるが、1作目のような印象に残る名曲もないように感じた。
ストーリーはアラジンの父親が出てきて一緒に財宝求めて大冒険〜というもの。
アラジンといえば1作目でも2作目作でも嘘で信頼を失いかけているのに、相も変わらず勝手な行動で信頼を裏切る。ダメだこいつ。
王様やジャスミンは、いったい何を見て「ダイヤの原石」「まっすぐな心の持ち主」と評すのであろうか。キミらが甘やかすのがダメなんじゃないかね。
周囲が甘やかした結果、今作のアラジンは国家元首襲撃犯を「身内だから」脱獄させてしまう。もはやスラムのドブネズミですらない、国家に対するテロリストである。
まぁ、国王がアホだから不問に付されたけど。
さて、本作のテーマは、「カネより愛情」といったところか。
アラジン親子の狙いは触れるものを金に変える「ミダスの手」という財宝。
ミダス王の伝説といえば「触れたものを金に変えてしまうミダス王は、財宝はいくらでも手に入るのに愛する人を抱きしめることもできなくなった」という寓話である。
本作ではこれをアラジンの父カシーナに被せている。
子供のために財宝を求めて家族を離れた彼に、アラジンは「お金より父親が欲しかった」と伝える。
ミダスのようになってしまったカシーナは改めて子への愛情を思い起こしてジエンド。
暗喩を用いて大人の鑑賞にも耐えうる作品となっている。
それはいいが、この財宝「ミダスの手」のデザインがすごくバカっぽい。子供がデザインしたのだろうか?マジでひどい。
そもそも、ミダスの手を見つけるための「お告げの杖」の方が財宝的に価値が上に思えてならない。その杖にお金になる知識や技術を教えてもらえばいいんじゃん、と余計なことを考えてしまう。
こういう細かい引っ掛かりのせいでどうも没入できなくなった感がある。
本作ではジーニーが本格的にギャグ要員となり、執拗にパロディを繰り出す。ロビン・ウィリアムズが声優を務めるジーニーがハリウッドスターのモノマネをする辺り、映画ファンには楽しいポイント。
尤も、本作のジーニーは脇役である。メタな視点から見れば、ジーニーが出てくると大体の問題が解決してしまうからだろう。
故ロビン・ウィリアムズが鑑賞の目当ての一つであったので、これは残念であった。