Ricola

救命艇のRicolaのレビュー・感想・評価

救命艇(1944年製作の映画)
3.8
サスペンスの巨匠ヒッチコックによる、第二次世界大戦中に作られた作品である。
狭い救命艇の中のみで繰り広げられるサスペンス作品であり、ヒッチコック作品として見ても異色である。

大海原に浮かんでいる小さなボートが舞台であり、逃げ場がないという点では密室と言える環境である。ただ、他者の介入が海の中や遠くから視覚的に予告されてから起こりうるのは密室としてはなかなか特殊な状況のように思われる。
例えば、溺れている人が船にしがみついたり、大きな船が現れたり…ということである。


日が経つごとにどんどんさまざまなものを失っていく。それは目に見える物質的なものだけではない。彼らの人間としての正常性もである。
人種や国籍、社会的立場の違う人々が小さな救命艇という逃げ場のない環境で、なんとか生き抜かなければならない。
登場人物のなかでも、ドイツ人の船長に特に注目せざるをえない。
彼がキーマンであることは確実であり、戦時下におけるドイツとアメリカの関係性がこの作品において皮肉的に彼らの関係の描写に盛り込まれている。

サスペンス映画としては、紐を解く行為がキーとなっている。
ガスは片足の靴紐を解いてそれをコップに括り付けて海へと下ろす。
スタンリーはアリスの髪を結んでいた紐を何気なく解く。
これらの行動こそが、彼らを取り巻く状況と彼ら自身の精神状態がガラリと変化する前兆のようである。

極限状態へと追い込まれていく人々の、それぞれの心情の変化や理性が剥がれていくさまが、俯瞰的かつ深刻だが、皮肉さも込めて描かれていた。
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