このレビューはネタバレを含みます
ただしんのすけがタイムスリップをしてドタバタ劇を繰り広げるのではなく、しっかりと当時の生活や戦の描写をすることで、説得力のある地に足ついた映画になっている。本作において最も印象深かったのは影による演出だ。本作ではキャラクターには基本的に影は描かれない。影のないキャラクターたちが束縛されず自由に動き回るのだ。しかし、印象的な場面や、戦の場面ではキャラクターに影を落とす演出がよく見て取れた。この演出においてキャラクターは影により世界に紐づけられ、よりその世界に存在する人物として印象的に現れる。そして、自由な生命感とは裏腹に、この演出における影は束縛、そして死のイメージが感じられた。ラストシーンでも又兵衛は瞳に影を落とし、命を落としてしまう。
本作において、本来序盤で死ぬはずだった又兵衛は、春日廉の無事を願う強い力によってタイムスリップしてきたしんのすけによって命を救われる。しかし、映画の終盤、タイムパラドクスを防ぐ歴史の修正力のようなものにより命を落としてしまう。又兵衛は、自らの死ぬ運命から解き放たれ、自由に生きられるかのように見えたが、その実、影により世界に繋ぎ止められ、逃れられない運命の死を迎えたように感じられた。
最後の、しんのすけ達の空への視線ショットから、見上げる春日廉の顔というショットに繋ぐ演出は、時や時間、場所でさえも超越して繋いでしまう映画の力を象徴するような場面だったと感じる。時代によって隔てられた両者が青空という共通の対象に視線を向けることにより、観客に確かな繋がりを感じさせる素晴らしいラストシーンだった。