ナガエ

赤目四十八瀧心中未遂のナガエのレビュー・感想・評価

赤目四十八瀧心中未遂(2003年製作の映画)
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意志を持たないように生きるようにしてきた。
昔から、こうしたい、ああなりたい、というような感覚があまりなかった。時々そう感情になると、なんだかうまくいかないことが多かった。別に、したいことがあっても、どうしてもしたいわけでもなかった。だから、そういう感情を持つのをやめるようになった。

そういう人生に、特に不満はない。ある程度、僕を押し流してくれる環境があるから、ということもある。僕にはあまり意志はないのだけど、僕をこういう方向に動かしたい、と思ってくれる人が、時々周りに現れる。そういう人に押し流されるようにしていきてきた。自分で意志を持つよりも楽だし、与えられたもの、求められたことを少しずつこなしていく生き方は、性に合っているのだと思う。

ただやっぱり時々、自分の意志を強く持って前に進める人を羨ましく感じることもある。そうやって、自分の足でしっかり地に立っている人を見ると、いいなと思う。僕にはそういう生き方は出来ないことが分かっているから、強く憧れるなんてことはもうないけど。

内容に入ろうと思います。
生島与一は、釜ヶ崎から流れて尼崎にやってきた。中退とは言え大学に行ったことがあるという経歴は、釜ヶ崎では特異な経歴で、尼崎で生島の世話を頼まれた勢子は彼に、焼き鳥の串刺しの仕事を与える。ボロアパートの一室で、生島は日々臓物を切り、串に刺していく。
そのアパートには、様々な人間が出入りする。娼婦、彫師、少年。彼らは余所者である生島と一定の距離感を保ちながら、余所者である彼に時折頼み事をする。生島はそれらを、特に問いただすことなく受け入れる。こうしたい、という意志を持たずに、生島の周辺を通っていく様々な人間に流されるようにして、尼崎での生島の日常は進んでいく。
尼崎を去る日はいずれくるのだろう、と思いながら。
というような話です。

不思議な映画だったな、というのが一番の印象です。
この映画は、詳細がほとんど描かれない。2時間40分という、普通の映画よりも長い印象なのだけど、舞台や人物の詳細がほとんど描かれない。何故生島が釜ヶ崎に、そして尼崎に流れ着いたのか、勢子は生島を何故受け入れたのか、彫眉が生島に預けたものにはどんな意味があったのか、ほんの僅か明らかにされる生島の過去の詳細はなんなのか、何故尼崎の多くの人が生島に「あんたはここでは生きていかれへん」と言うのか、何故生島はいずれ尼崎を去る日が来ると直感しているのか…。
そういった背景や詳細は、ほとんど描かれない。だから、生島についても、生島の周囲の人間についても、ほとんど謎しかない。

そういう状況の中で何が描かれるのか。それは、「意志を持たない生島」と、「意志を持たない生島を動かす周囲の人間」という関係性だ。この映画の核は、物語でもセリフでも映像美でもなく、その関係性ただ一つだと僕は感じた。

主人公であるはずの生島は、基本的にはただの傍観者だ。自分の生活をどうするかという関心や、自分の生活を動かしていくための行動をほとんどしない。彼は、自分の周囲で起こることに、積極的に関わる意志を持たないまま観察をしている。それが生島のスタンスだ。

そんな生島に、様々な人間が「動機」を与える。生島が行動するための動機だ。それらはどれも、微かに犯罪の香りを漂わせるのだけど、生島は殊更に疑問をぶつけるでもなく、それらの行動を実行する。何故周囲の人間が生島にそれをさせたいのか、そして生島が何故それを引き受けるのか。そういうことは一切描かれないまま、動かす周囲と動く生島の関係性だけが淡々と描かれていく。

特に物語らしい物語もないまま(背後で何かは起こっている気配は感じるのだけど、その詳細は観客には知らされない)、その関係性だけを描くことで映画は展開されていく。それが非常に奇妙だなと僕は感じた。普通はそんな映画は成り立たないと思う。何故それらが描かれているのか全然理解できないまま、頼む側の理由も頼まれる側の動機も分からないままで彼らの関係性だけを見せられるのは、苦痛だと感じられてもおかしくない。ただこの作品が映画として成立しているのは、人物の存在感にあるのだろうと感じた。生島はともかくとして、彼の周りにいる人間の存在感はとてつもなく濃い。喋らなくても、その佇まいで何かを発している。だからこそ、この奇妙な映画を観続けることが出来る。

半分以上過ぎてから、物語は大きく動き始める。とある事情で生島が尼崎を離れることになるのだ。どうしてそういう展開になるのかはここでは書かないが、結局生島は誰かの意志によって動かされ続けることになる。というか、生島がそういう人間だからこそ、生島は選ばれたのだろう。

その後の展開も、スッと受け取れるようなものではない。現実と妄想が入り組んだような場面が展開されたり、二人の行動原理をきちんと汲み取れなかったりと、なかなか捉え方が難しい。ただ、何らかの形で追い詰められた人間のもがきや葛藤みたいなものが随所に現れ出ている感じがした。追い詰められた人間の理屈に合わなさ、意味の分からなさみたいなものが切実に描かれているように感じられた。

個人的には、「新明解国語辞典」が出てきたのが面白かった。非常に個人的な理由で、なるほど、と思った。
ナガエ

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