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不安が不安
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『不安が不安』に投稿された感想・評価

netfilms

netfilmsの感想・評価

3.8
 数学者の夫との郊外での生活、人も羨むようなアパートメントでの暮らしぶり、優しい夫のクルト(ウルリヒ・ファウルハーバー)のまるで新婚早々のような熱烈なキスと抱擁、それを妬むような目付きで見守る幼い娘ビビ(コンスタンチェ・ハース)の眼差し。それを一手に引き受けるのが今作の主人公であり、クルトの妻にしてビビの母親であるマーゴット(マーギット・カーステンゼン)である。少し痩せ身ながら、ふっくらと膨らんだお腹の中には、2番目の赤ちゃんを身籠っている。絵に描いたような幸せな家庭の姿がここにはある。夫クルトは妻に対し、「明日は家でゆっくりしよう」と言いながら優しく口づけをする。その姿に安堵した表情を浮かべる妻の姿が印象的である。だが次のシークエンスになると、マーゴットの症状が突如姿を現す。身重の妻の「めまい」が画面全体に靄をかけながら小刻みに揺れている。お医者さんごっこからケーキを焼こうと提案するマーゴットの症状に夫と娘は気付かない。妻は夫に対し、「何をするの?」と聞くと、夫から数学の試験勉強をしなければならないと素っ気なく返される。めまいで頭が朦朧とした彼女は「数学」という言葉を2度言い直しながら、気を失いそうになる。必ず答えの見つかる数学という学問に対し、彼女のめまいの原因は不明瞭で取り留めがない。出産予定日を3週間後に控えながら、妻は夫クルトの助けを借りることなく、自分で出産準備の手続きを取る。

かくして2人目の子供は誕生するが、家族は決して幸福にはならない。近所の開業医の診察を受けても体の不調は発見されず、産後鬱が原因だろうと医者は取り合おうとしない。夫や娘にそれとなく伝えようとしても、彼らは自分たちの仕事の忙しさからか彼女の病理に触れようとしない。やがて根深い病理は次第に彼女の心を侵食し、精神安定剤が手放せなくなる。ブロンドの髪に白い肌、痩せっぽちの若い妻は徐々に精神の均衡を崩してしまう。ここで唐突に登場するバウアー(クルト・ラープ)の存在がとにかく不気味で怖い。裕福な郊外のアパートメントの目の前で、バウアーは少し離れたところからずっとマーゴットの姿を凝視し続ける。当初バウアーは精神異常をきたしたマーゴットの生み出した幻覚かと思ったが、マーゴットの娘ビビにも見えているということで、現実に存在することがわかるのだ。明らかに顔色が悪く、死神のような表情をしたバウアーがマーゴットに優しく声をかける瞬間は何度観ても肝を冷やす。バウアーはマーゴットに「何か言いたいことがあるんじゃないか?」と問うのである。その強い瞳に一瞬狼狽したような表情を見せたヒロインはすぐさま否定するが、その後更にマーゴットの精神状態が悪化し、尋常ならざる様相を呈するのである。プールで10分間狂ったように泳ぐ姿を義理の弟に目撃され、ヴェイリウムが無くなったことに錯乱した彼女は薬局で薬を求めようとするが、かえって薬剤師の誘惑に出逢う羽目になる。その間、彼女を支えるはずの夫や娘はまったく出て来ない。代わりに画面に登場するのはクルトの実母であり、彼女の姑(ブリギッテ・アリ)であり、クルトの実妹であり、彼女の義理の妹で姑と同居しているローレ(イルム・ヘルマン)の冷たい眼差しなのだ。

冒頭の娘に声を荒げたマーゴットのアンビバレントな思いはここに帰結する。まるで『四季を売る男』の家族のように封建的で義理の娘を抑圧し、監視下に置く中産階級の家族のストレスが中盤以降、徐々に増幅しマーゴットを不安に陥れる。ここに来て窓際から階下を監視するショットが、ローレの視線であることが明らかになり、姑のいらぬお節介と精神を破綻した嫁との言い合いは深刻さを極める。ここでも『四季を売る男』のように、内心は2人の結婚を冷ややかに見ている家族は、実はヒロインを心底軽蔑している。娘ビビのためにキャベツ(野菜)を食べさせたい姑と小姑の要求に対し、彼女は明確な拒絶を態度で示しながらも、右手に持った酒瓶のせいでその言葉の説得力が疑われてしまう。家族間の決定的な不和を描写したショットはマーゴットが昼間から酩酊し、ヘッドフォンをつけながら大音量でレナード・コーエンのレコードを聴く場面であろう。外部の一切の音という音を遮断し、自分だけの世界に浸ろうとする孤独な母親に対し、娘のケガというどうしようもない事態が彼女の身に迫るのだが、そのことにマーゴットはまったく気付かない。ここでクルト家とマーゴットの断絶はいよいよ表面化し、メルク博士との不倫と共に、夫婦の亀裂は明確に定義されることとなる。

マーゴットの病理の原因が「統合失調症」だったことにファスビンダーの先見の明を感じ、75年の作品としては驚きを禁じ得ない。『四季を売る男』で主人公の不倫現場を目撃した同僚がここでは精神科医となり、彼女に「統合失調症」の診断を下すことになる。車中での行き帰りの描写は夫婦の決定的亀裂を伝えることとなり、医者にどんな話をされたのか問いただす妻に対し、夫は平静を装いながらも静かに涙が頬を伝う。明らかな崩壊のイメージを引きずりながらも、セカンドオピニオンとなるウンルー女医(ヘルガ・メルテスハイマー)の新たな診断結果が、夫婦の再生に希望の陽を灯す。療養所で部屋を共にする精神病患者エッダとのあまりにも美しい2ショットによるイメージの弛緩は、ファスビンダーが今作で最も感情移入した場面に他ならない。彼女こそはファスビンダーの最初の妻となったイングリート・カーフェンである。そしてクライマックスでマーゴットの元に、バウアーの自殺を知らせたローレの夫カーリ(アルミン・マイアー)はファスビンダーの当時の同性愛パートナーだった人物である。この倒錯した複雑な関係こそが、今作に大きく投影したのは言うまでもない。ファスビンダーは原作者で鬱病患者だったアスタ・シャイプの手記を徹底的に研究し、テレビ映画である今作のクオリティを具現化した。しかしながらこの鬱病患者の日常を描写する作業が、自らの心の病にも気付かせてしまったのは何とも皮肉な話である。マーゴットの「めまい」のような症状をファスビンダー自身が感じていながら、彼の病理に気付く人間は誰もいなかった。レナード・コーエンのメロディに身を委ねるヒロインの姿は、夢想の世界に溺れていくファスビンダー自身を代弁していたのかもしれない。
ごく一般的なはずだった専業主婦が陥る鬱状態を日常に潜む狂気として内側から描くことの警笛。表面的な優しさの背後に冷淡さを持つ夫、我が物顔で家の中を出入りする姑と小姑。そこに居場所も慰めもない。存在の危機に対する漠然とした不安から動揺を隠せなくなったヒロインは、ますます一家の腫れ物となっていき、自己破壊へと階段を降りていく。

「こうした形での"病気"は誰にでも起こりうることだ。自分の人生がひょっとして自分の望むものとは違うと認識し始めた場合や、誰しも人生においては自分のものではない役柄を演じていると分かってしまう場合だ。こうして人は"病気"になる」(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー)
テレビ映画作品にて劇場公開作に比べるとどぎつい表現はほとんど出て来ないけれども、しかしファスビンダー的ニューロティックさが溢れ出る。大体、この人の撮る映画に出て来る人々は、極めて普通に振る舞っていてもどこか精神的に危うい兆候を常に秘めているように見えるのだが、例えば冒頭でマーゴットとクルト夫妻が抱擁を始めるところを隣の部屋から顔を半分だけ覗かせて見ている娘ビビのシーンなど、どこか異常でかつ実に雄弁だ。

繰り返し登場するマンションから下に降りたマーゴットを上の階の窓から覗き見るショット。内1回は覗いている主体が窓の「さん」に手をかけているところが映し出され、それが誰だかは後になって判明するが(マーゴットの義理の姉。こいつがとにかく最低、本当にイヤ〜な顔つきなんですよ)これも気味が悪いし、マーゴットが鏡に映った自身の顔や幻覚を見るシーンでは画面が歪み、そこにペア・ラーベンのヤナーチェクみたいな木管の旋回音型を伴った妙な音楽が必ずセットで流れる。マーゴットが主観的に見た「世界の歪み」とごくありふれた日常の描写がほとんど差別化されることなく並列的に扱われているのが、逆に日常それ自体の危うさを浮き彫りにしてはいまいか。近所に住み必ずマーゴットと道で遭遇するバウアーさんも不気味だ(最後に自殺してしまうが、理由が全く提示されない)。

しかし、このマーゴットの理由の分からぬ不安(映画内では「統合失調症」と説明されるが、しかしその根源的理由は明らかにされない)に、どうしてもファスビンダー個人のそれ、または戦後ドイツの分裂的様相を読み込んでしまう。

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