むっしゅたいやき

イニスフリーのむっしゅたいやきのレビュー・感想・評価

イニスフリー(1990年製作の映画)
4.3
ホセ・ルイス・ゲリン。
この人の作品は、観ていて心地好い。
ゲリンのドキュメンタリーは、"要約"を行わない。
また、押し付けがましく『これを観よ』と、編者の独り善がりな抜粋をも行わない。
単に対象の在るが儘を、穏やかな時間の中で写し、その真情投影を我々に委ねる。

本作は1952年のジョン・フォードによる名作『静かなる男』への敬意、そしてアイルランドへの憧憬を込めた作品である。
ジョン・フォードの撮影に拠り村人達が受けた影響、そして其れを脇に連綿と古より受け継がれて来た暮らし振りが、先述の"要約をしないカット"にて収められている。
これは我々に、「見せて遣ろう」「訴えかけよう」とする物では無く、「村人達や作中人物と、同じ時間を共有して貰おう」との企図が感じられる。
モーリン・オハラとジョン・ウェインが自転車で駆け抜けた森の小道や川辺の路。『コーリンのバー』や、古いケルトの石壁。霧に濡れた路傍の木々や、小糠雨に煙るヒースの荒野-。
これ等を映す、何でも無い長回しに其れは見え隠れする。

今、私は日本に居る。
陽のあたる一室で、冷たいスプマンテとカプレーゼを愉しみながら、この様な"同調・一体化"を基軸としつつも異国の情緒を汪溢させた作品を観る時にこそ、私は至福を感じるのである。

ラストショット、遠ざかる少女とイニスフリーの街並みが、故郷を離れる時を思わせ、寂しさを募らせる。
架空の街、イニスフリーを舞台とした本作は、監督の望郷の念をも込めた作品なのであろう。
むっしゅたいやき

むっしゅたいやき