垂直落下式サミング

我々は有吉を再び訴える 沖縄ヒッチハイク殺人未遂事件の全真相の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

4.8
かつて自分を使い捨てた芸能界に一矢報いて、飛ぶ鳥を落とす勢いの売れっ子タレントにまで登り詰めた有吉弘行が、もう一度ヒッチハイク旅を企画。今度は沖縄横断に挑戦する。マッコイ斎藤と組んだモキュメンタリーシリーズ第二作目。
前作と同じく、バラエティの企画として撮影された映像記録という体をなしているが、今回は現実と虚構のあいだのあいまいな一線を完全に踏み越えて、有吉VSマッコイの諍いが凶悪な犯罪行為へと発展していくスペクタクルが見物となっている。
演者の風貌や言動の殺気だった雰囲気は相変わらず。演技の迫力はそのまま。キレて声が低くなり、怒鳴るとき舌を巻くようなチンピラ芝居がやたらリアルだ。
沖縄にはコネがないのか素人との絡みは少ないが、国際通りでのナンパは妙に生々しいし、この出会いが後の展開の布石になるのも、ロードムービーとして気が利いている。
イッパツ撮りで一丁上がりの撮影だろうに、奇跡的に天候は安定しており、沖縄の澄んだ空気がこちらに流れ込んでくるかのような見事なロケーション。海の汚い低予算マッコイグレーは鳴りを潜めるも、そんな綺麗な空の下で罵りあうのはオジサンふたり。どこか虚無を感じる色合い。
前作では、悪態はついていても有吉のほうからマッコイに手を出すことは少なくて、企画に呼んでもらう側のタレントである以上はスタッフに逆らえない弱者の悲哀が感じられたが、今回はハンディカムの取っ組み合いを解禁。
逆襲だとばかりに、有吉は積極的にマッコイの命を奪おうとする。交通事故、農薬、毒蛇、さまざまな手段を用いて攻撃。企画のコントロール権を持っているディレクターが、立場の弱いものから向けられた殺意によって暴力の被害者となる展開がスリリングで、弱者のサッカーパンチに溜飲を下げることが可能。有吉の行動よりもマッコイの態度にイラつく人には、こちらも続けてみて、ストレスを発散してほしい。
バラエティ番組の名物スタッフみたいな調子に乗ってる業界人に天罰が下っている様子が想起されるため、そいつらの思い付きではじまった適当な企画が、出演者のパワーによって胸スカエンターテイメントにまで昇華されていく気持ちよさがある。
バラエティ番組のテレビマンという人種に、漠然とした嫌悪感や偏見を持っている人はみてみると面白いかもしれない。溜飲が下がること請け合いだ。
以前、有吉は自身のラジオ番組でホアキン・フェニックス主演の『ジョーカー』を絶賛していた。虐げられ笑い者にされた弱者が反社会的な行動を起こしてしまうストーリーは、猿岩石のブーム以後使い捨てにされてきた本人の人生にも重なるため、「芸人になりたい人の話だから刺さるんだよね…」と話す声のトーンが、いつものふざけた調子とは違っていて、ちょっと格好よかったのを覚えている。
その意味で、この旅が有吉弘行のヌーヴェルヴァーグであり、アメリカンニューシネマなのだと思いながらみると、なかなかに味わい深い。沖縄なので『ソナチネ』感もあるし、そのさらに元ネタの『気狂いピエロ』っぽさもある。あれ…?ひょっとして、これ実はすごい作品なんじゃないか?
「オラァ!安田ぁ殺すぞおお!」という暴言になぜだか安心する矛盾。呼び捨てには「安田“さん”な」と返すのがサンドリコンビの様式美。どこからか嗄れ声の合いの手がきこえてくるようなファンムービーの傑作。