アラサーちゃん

絹の靴下のアラサーちゃんのレビュー・感想・評価

絹の靴下(1957年製作の映画)
4.0
どこかで見たことあるこのタッチ、そう、歴史の教科書なんかでよく見たカリカチュア。映画の本筋も、エルンスト・ルビッチの名作「ニノチカ」をリメイクとしたラブコメミュージカルとは謳いつつ、紛れもなく冷戦下におけるソビエト風刺のプロパガンダ的要素をほんのり孕んでいるような作品。
「絹の靴下」というタイトルも、ヒロインであるニノチカが、地味で野暮ったい黒のストッキング(=社会主義国への忠誠心)を脱ぎ捨て、絹の美しいストッキング(=資本主義への傾倒と自由・娯楽への憧れ)に履き替えるという暗喩を含み、オリジナル版のシンプルなタイトルよりも、たいへん面白いかと。

舞台は花の都・パリ。パリに滞在する音楽家を帰国させたいソビエトは特派員を派遣するが、彼に仕事を頼みたい映画業界のアメリカ人スティーブンは彼らをやり込めボロフの帰国を遅らせる。更なるやり手の特派員として派遣されてきたのが、自国に忠誠を誓う美女ニノチカであった。

オリジナル版とちがうのは、ニノチカとスティーブンはお互いの身分を知った上で恋に落ちていくということ。ミュージカルらしく、彼らは踊ってキスをするだけで、国を飛び越えた恋愛にはまっていく。
シリアスにすればいくらでもシリアスに持っていくことができるプロットだが、リアリティを排除した明るく楽しいミュージカルで見ていてほっとできる作品。
確か同じ年、マレーネ・ディートリッヒも恐ろしく美しい脚線美を披露してますが、このシド・チャリシーの美脚も必見です。

作品の華であるチャリシーの美しさ。いくつかの作品でアステアやケリーの相手役を演じたミュージカル女優ですが、彼女のダンスシーンはやっぱりプロフェッショナルで素敵。

なんといってもタイトルの通り、「絹の靴下」に履き替えていくニノチカのソロシーン。部屋のいろんなところからドレスアップのアイテムを取り出すところが楽しいし、ストリップさながら、チャリシーが豪華な部屋で自由に伸び伸びと踊るのがとても美しい。ここは間違いなく、この映画のハイライト。
スタジオセットで陽気に踊るふたりもいいし、ソビエトに帰国してからのニノチカの家(シェルター?)での群舞シーンも素晴らしい。そこでのチャリシーのソロダンスも圧巻。

チャリシー自身、「ジーグフェルト・フォリーズ」などでは群舞の中のセンター程度で、「雨に唄えば」でもケリーの相手を務めながら役名はなかったし、こういうところから出てきたのを振り返ると、ダンサーたちのなかに未来のスターが隠れていたりするのかなとおもってワクワクしてしまう。

フレッド・アステアは言わずもがな魅力的ですが、この時すでに還暦目前。全盛期のキレッキレ感はさすがになく、それでも彼のダンスは品がよく楽しくて、サービス精神旺盛な彼だからこそ、新しい流れのミュージカルダンスにたゆまぬ挑戦心を抱いているように思う。
コール・ポーターの先鋭的なミュージカルナンバーは今聴いてもいろんな意味で笑えるが(ハリウッド風刺を歌った♪stereophonicは傑作)、ラストの「♪the ritz roll and rock」は、新しさを追求するあまり逆にどこか古臭さを感じてしまって好きになれない。それでも、待ってました!なアステアの燕尾服、いつものごとく小道具をふんだんに使ったエンターテイナーなダンスはとても好き。

そしてこの映画、なにがいちばん魅力的かって、個人的にはピーター・ローレの存在にほかならない。

こういう娯楽作品は、「三人のおっさん」が揃うととにかく笑える。いつの時代もそうではないですかね。
わかりやすい例でいえば、「踊る大捜査線」のスリーアミーゴス、「木更津キャッツアイ」のthe三名様もそうだし、小津作品では「秋刀魚の味」や「秋日和」の道楽中年三人組が笑わせてくれるし、わりと最近のものだと「最高の花婿」の兄婿三人衆や「ロブスター」のシュールな凸凹トリオもその例に倣う。

そして「絹の靴下」では、ソビエトからの特派員三人衆がコメディリリーフで、中でも秀でて面白いのが、この彼ピーター・ローレ。
「カサブランカ」「マルタの鷹」「毒薬と老嬢」どの作品も端役ながら圧倒的存在感を放ってきたローレですが、まさかミュージカルに登場してこんなにキュートに演じてくれるとは思わなかった!おじさんになって、若い頃とはまた違った魅力。

三人衆のなかで、群を抜いて小人な時点で絵になるし100点あげたいところなんですが、序盤、映画最初のキャストみんなが入り乱れるダンスナンバー、踊れないローレが、テーブルと椅子の背もたれに肘を引っ掛けてひとりひたすらコサックダンスをしているんだよね、ここ、最高です。
ハゲ散らかした髪を振り乱してキスマークつけてホテルに戻ってくる画だけで可愛いし、ニノチカの家で軍人が行き来するときについヘマをやってしまうローレも可愛い。

古い映画もミュージカルも興味なくていいけど、この可愛すぎるピーター・ローレをぜひ1度観ていただきたい。
みんな大好きピーター・ローレ。元祖かわいいおっさん。