ルサチマ

ゴングなき戦いのルサチマのレビュー・感想・評価

ゴングなき戦い(1972年製作の映画)
4.9
『ケイコ〜』が全然響かなかったのでマイベストボクシング映画を丁度4年ぶりに再見。この映画に描き込まれた人間の痕跡が心から好きだ。ボクシングシーンと同じくらい落ちぶれたステイシー・キーチの労働とバーで出会った愛人との日々が描かれるが、この行き詰まりの世界でキーチを通して周りのエキストラ労働者や最早画面には一度も現れない家庭を放り出した妻にいたるまで浮かび上げる。愛人と出会うバーのミニマルで豊潤な空間描写(あくまでカメラは人物に合わせて最小限の動きをフォローするだけだが)に悶絶。2人でバーを立ち去る時にそっと女の服を正すキーチの細かな気遣いも、その後同棲し始めてからは元彼の衣服を蹴る粗雑さと共に描かれるのであって、それらはキーチの変化ではなく等価のものとして提示されるのが滅茶苦茶辛い。人物に向けるカメラがどれほど近づいたとて、それは観客の心理に寄り添うものとしてではなく、どちらかといえば汚いものに目線が近づいた時生理的に目を背けたくなるような、寧ろ観客の心理を遠ざけていく居心地の悪さが付き纏う。そういえば、キーチが映画内で最初に訪ねるバーで絡んできたアル中の女があるワンカットで謎にカメラ目線で気になる台詞を発語し、突如映画から遠ざけられるようなハッとする瞬間があったことも忘れ難い。そしてそれはクライマックスで若きジェフ・ブリッジズを連れて訪ねた喫茶店でキーチがふと後ろを向いた時に目にする光景と照らし合わされる。徹底して絶望的でそれでも確かにあったかもしれぬ、もしくはあったと思いたい青春時代を自覚して大人にならざるを得ない。大人になることに残酷に向き合うことでしか描けない最高の映画だ。
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