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雲のむこう、約束の場所のアーリーのレビュー・感想・評価

雲のむこう、約束の場所(2004年製作の映画)
4.0
2023.5.8

新海誠の初長編アニメーション。声優に関してはあまりわからないけど、それなりに豪華なのでは。

かなり情報量の多い作品。どこから触れればいいのか難しい。その物語の世界では北海道がユニオンという組織、もしくは国家連合によって支配され、青森から下の県の国(日米連合)と国交が断絶している。その中心部分に巨大な塔が建てられたが、その目的がわからない。ただその塔は並行世界に関わりがあるという研究が出ており、宇宙に存在するこの世の様々な可能性を受信しつづけているという。
 いきなり詰め込みすぎやけど、SF関連の作品はどれもこれぐらいついてこいよのスタンスやから、これはこれでいいと思うし面白い。実際劇中でユニオンと日米連合は戦争を始めるけどメインはそこではなく、主人公ひろきとその親友たくや、そしてヒロインのさゆりが織りなす青春物語。改めてジャンルのくっつけ方に驚愕。この路線のままやったらここまで国民的な評価を受けることはなかったんやろうな。

特筆したいのは「君の名は」や「天気の子」で新海誠がやりたかったことを、今作で既にやってしまっているということ。夢、もしくは並行世界の中での主人公とヒロインの繋がり。そしてヒロインを選ぶか、世界を選ぶかの2択。同じテーマを何回も扱うことが多いとされる新海誠やけど、その時の自分の年齢、環境によって解釈が変わるということを考えれば、同じテーマを探求しつづけるのも大事やなと思う。「君の名は」と「天気の子」を観た時に、今作とどれぐらい解釈が変わっているのかを考察出来ればいいな。

まずヒロインがこの世界かの2択では、主人公はそこまで悩んでいない。どのタイミングで主人公がその2択があることに気付いたのかがはっきりわからなかったけど、主人公は後半一定してヒロインのことしか考えていない。彼女は目覚め、塔も破壊し、この世界が並行世界に呑み込まれるのを防いだけど、北海道の5分の4は消滅している。ただそれだけ。たくやは凄い悩んでたけど、ひろきのその2択に対する心理描写がないのがちょっと残念。北海道のほとんどがなくなっているのに、この部分だけ観るとハッピーエンドの雰囲気があってちょっと違和感。そもそも他国の領地やし、別に良かったんかな。人が住んでる描写もないし、世界がなくなるところを北海道だけに抑えることが出来たから良しなんかな。

さゆりとひろきの繋がりについて。さゆりは塔が受信する並行世界を、夢という形で送られており、脳が処理に耐えきれず、ずっと眠っている。ひろきもまた自分が寝ているときに、さゆりの世界に行くことが出来た。夢の世界の中で2人はお互いを強く求めあうけど、ひろきは普通の睡眠と同じなので、起床という形で夢の世界から追い出される。遂にさゆりが目を覚まし、自分は夢の中で何か大切なことを感じていたが、忘れてしまい涙する。それでもこれからの人生でまたそれを感じていければいいじゃないかというラスト。ここだけを観れば、これからの2人の行く末に希望があるように見えるけど、今作の冒頭で出てくる大人になったひろきは1人で故郷に訪れており、いまだに彼女と自分の青春をひきづっている。ひろきとさゆりが想いを分かち合うことはなく、2人の道が分かれてしまったことがわかる。さゆりはこれからの人生を歩んでいくうちに、夢の中で感じた大切な感情を再び感じることはなかったということになる。凄い切ない。新海誠のこのこだわりというか、性癖というか。確かに2人は夢の中でお互いへ特別な感情を抱いたけど、ひろきは何回も同じ夢を見てその感情を自覚するにいたったのに対して、さゆりは長いけどたった一度の夢の中の話。現実でも夢の中の出来事を最初は覚えているけど、すぐ忘れてしまうのと同じように、さゆりは一回綺麗さっぱり忘れてしまったあと、その感情を自覚する機会がなかったんかな。中学生で経験した、多分お互い初恋。それぐらいの年齢の恋愛なんて、そこからうまくいくことの方が少ない。その後のさゆりの描写はなかったけど、たぶんそれなりに新しい男と出会って、新しい関係を築いてるんやろうな。ひろきだけが初恋をずっとひきづってしまっている。元々両想いの感があった2人。もしかしたらあの後一度付き合っているかもしれない。でも一般的な初恋のように、普通に終わりを迎えたのかもしれない。この変なところでリアルな感じを入れてくるのが特徴かな。なんともスッキリのしない終わり方。あえて冒頭にその結末を持って来て、希望を持たすような形で作品が終わったことは良かったと思う。

切なさの美学みたいなものを感じる。人物はこんなにも悩んで、暗くて、上手くいっていないのに、その人を取り巻く空や空気や自然や街並みは、とてつもなく美しい。そこに凄い切なさを感じる。悲しくて涙を流しながらも、心は洗われているような。自分がよく一人旅をしている時に綺麗な景色を見た時の感情に凄い似てる。1人が好きで行動してるのに、その時だけは誰かといたいみたいな。こんなにも綺麗なものを、誰とも分かち合えない切なさ。でも1人で行動してないと味わえない感じがまた切なくて、結構好きやった。新海誠も学生時代一人旅をしてたみたいやし、同じような感情を感じてたとしたら、凄い嬉しいな。

映像も綺麗でなかなか見応えのある面白い作品。本当にこの人の作品の雰囲気が凄い好き。
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