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血を吸うカメラのあのレビュー・感想・評価

血を吸うカメラ(1960年製作の映画)
5.0
これは本当に凄まじい映画でした。「赤い靴」然り、マイケル・パウエルは悲劇の名匠なんだと間違いなく確信させる映画です。
まず特殊性癖を持った主人公にフォーカスすることは、今の時代でもタブーであるにもかかわらず、よく60年以上前にチャレンジしたと感心するとともに、やはりその悲劇がいまいち理解されないところには残念としか言いようがありません。LGBTQは受け入れられる昨今においても、かつての彼らと同じように、単純な嫌悪を向けられている特殊性癖の持ち主たちには、同情を禁じ得ません。確かに欲求を満たすことが即犯罪になりうる点で、異性愛者やLGBTQとは異なるかもしれません。しかし、そもそも特殊性癖の持ち主も、全てが一線を越えるわけではないし、逆に特殊性癖を持っていない人々も一線を越えるときは越えます。そうだとすれば、特殊性癖を公にできないばかりか、相談すらしにくい現状が犯罪を生んでしまっていることは明白で、特殊性癖を持っているだけで忌み嫌うことは、かつてのマイノリティ差別とほぼ同じだと言わざるをえません。そういうことを改めて認識させれくれる素晴らしい映画でした。
主人公は、かつて受けた恐怖を女性たちに向けてしまう。この逃れようがなく罪深い欲求を、まさしく「人を映す」カメラに落とし込むという発想、本当の愛に真っ当な道を見出そうとする主人公が、そのカメラ=欲求を懸命に抑え込もうとするところに哀しさを見せる発想、そして最後は主人公が最大の恐怖をもって罪を贖うという発想が、本当に鮮烈でした。これは過激なサイコスリラーでもなんでもなく、純情なのに、ただ特性故に孤独な青年の悲劇ですよ。そして、直接的な殺害の瞬間の描写は控え、さらに加害者視点に寄りすぎないように、被害者のトラウマもマイケル・パウエルならではの豊かな色彩表現で描ききっており、むしろ上品ですらありました。
一つ惜しいところを言うならば、主人公が受けた暴力が性的欲求に至るまでの複雑な心理を描き切れていなかったことが挙げられるように思います。しかし、主人公とそのカメラ、そしてあと一歩のところで主人公を受け止められなかったヘレンとその母、精神科医たちの存在が混ざり合い、生み出されていた悲劇は間違いなく最高クラスであり、多少の粗は省略と言い換えられる力があったと断言できます。本当に今年見た中では今のところ1、2を争うくらい衝撃を受けました。
あ