桃子

血を吸うカメラの桃子のレビュー・感想・評価

血を吸うカメラ(1960年製作の映画)
4.6
「明暗」

ヒッチコックの「サイコ」が公開されたのは1960年6月16日。この「血を吸うカメラ」が公開されたのはそのちょうど1カ月前の1960年5月16日だった。かたやサスペンスの最高峰として大絶賛され、かたや最低映画として酷評され、それまでの名声は失墜し、監督はこの映画のあと、二度と映画業界に復帰することはできなかった。何がふたつの映画の明暗を分けたのか?それはずばり「試写会」だった。
ヒッチコックはネタバレ封印の目的で箝口令をしいたくらいだから、試写会もやらなかった。マイケル・パウエル監督は真面目に試写会をやった。試写でこの映画を見た視聴者はあまりの衝撃的な内容にドンビキしてしまったのである。公開前に悪評判が立ってしまったら、映画館に行こうと思っていたお客さんの足も遠のく。逆に「サイコ」は公開後に酷評される暇もなく大ヒットした。誰も試写を見ていないので批評のしようがないし、たとえ酷い映画だと思ってもすでに面白い映画だという評判になっていたのである。こういうところは、ヒッチコック監督の狡猾さを感じてしまう。パウエル監督、ほんとにお気の毒…(T_T)
「サイコ」がマザコン映画だとすると「血を吸う…」はファザコン映画である。また「サイコ」が殺される側の映画だとすると「血を吸う…」は殺す側の映画だと言える。殺人者の心理を斬新な方法で描いていて身悶えするほど面白いと思った。
今見るとどうということはない映像だが、1960年当時は非常にスキャンダラスで不道徳でエログロだと思われたのだろう。もしこの時代にヴァーホーヴェン監督の映画を見せたら、人々はどんな反応をしたのやら。きっと腰が抜けてしばらく立てなかったに違いない(笑)
主人公のマークを演じているカールハインツ・ベームという俳優さんは、なんとかの有名な指揮者カール・ベームの息子さんだって!!すごい~~ おとなしそうなおぼっちゃんという容貌で、とても連続殺人鬼には見えない。物語が進んでいくと、おや?ただの殺人大好き変質者ではないのか?とわかってくる。彼の子供時代に原因があったのだ。マークが殺人を犯す理由が気の毒で、彼の側につきたくなる。これは「ジョーカー」を見た時と似た気持ちだった。
エンディングがドラマティックで壮絶で切ない。こんな名作映画を、どうして当時の人たちはこきおろしたんだろう。時代だからというだけでは、それも違う気がする。パウエル監督がくりだす芸術性が全く理解できなかったということかもしれない。あと、タイトルも不利だった。原題は「Peeping Tom」つまりデバガメである。デバガメという単語をご存知ない若い方もいるかもしれない。ようするに「覗き魔」である。「サイコ」と「覗き魔」。これも明暗だなあ…
マークが殺す美女のひとりがヴィヴィアンという女性で、モイラ・シアラーが演じている。ダンサーでもある彼女は、殺される前にたっぷりと踊りを披露してくれる。素晴らしいダンステクニックとしなやかな肢体は目の保養だった。
パウエル監督は晩年にハリウッドの映画編集技師と結婚した。セルマ・スクーンメイカーである。彼女はパウエル監督を師と仰ぐマーティン・スコセッシ監督の映画を編集し、アカデミー賞編集賞に8度ノミネートされ3度受賞した。パウエル監督はきっと草場の陰からこのことを喜んでいるだろう。
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