黒い十人の女の作品情報・感想・評価・動画配信

『黒い十人の女』に投稿された感想・評価

yuta

yutaの感想・評価

3.8
台詞回しが独特で洒落てて好き
後半から面白くなってきた
好きなシーンと台詞多い映画
だるま

だるまの感想・評価

3.9
やっぱりこれおもしろいよね、白黒上映で見れた貴重な作品でした
テレビプロデューサーの風祭吉には妻の他に9人の愛人がいた。妻と愛人たちは業を煮やし、共謀して風祭吉の殺害を企むのだが…というお話。

中村玉緒が若い😳

当時の高度経済成長のもとで見るのが正しいのだろうなーと思いつつそれでも楽しめました。
男は女を機械的に愛し、女は男に対してガワしか求めていない。
自分自身ではなく、自分の属性でもって承認される苦しみ。
船越英二の何とも言えない男っぷり。
彼と本妻と九人の愛人が織りなす奇妙なドラマ。
船越英二、クネクネした性格で、何かと遊ぶ主人公だが、愛人と本妻が殺人を計画して、それを逆手に本妻とダミーの殺人を仕掛ける。

この作品、とにかくセルフィッシュな人たち。唯一のまともな人は自殺してしまう。真面目になんか社会じゃやってられないって事。

当時は、男から仕事を奪ったら生きていけないのか。俺なんて、今すぐにでも仕事辞めたいよ。
g

gの感想・評価

-
あなたは影のない人だって、あたし誰かに行ったことがあるけれど、
現代の社会機構の中に巻き込まれると、誰でもそうなるのよ。
忙しく飛び歩いて、事務的なことの処理は大変うまくなるけど、
心と心を触れ合わせることのできない生き物になってしまうのよ。

「生活を腐らす愛なら無いほうがマシだわ」
まーぼ

まーぼの感想・評価

4.0
山本富士子と岸惠子のタイプの異なる美のぶつかり合いをスクリーンで堪能できる至福感。さらに中村玉緒、宮城まり子、岸田今日子とさらにキャラが広がる最強の布陣。女ふたりの取っ組み合いの際に阿吽の呼吸でその他メンバーが隠したり、喧嘩の後の相互気遣いなどちらりと感じる彼女たちの連帯に気持ちが温かくなった。「皆に優しい男は誰にも優しくない」「生活を腐らす愛なんか無い方がまし」が突き刺さる。(神保町シアター)
『黒い十人の女』
Ten Dark Women (1961・昭和36年)

五夜子「メカニズムの中で時間に追いかけられながら自分ををフルに使って勝負するのが現代の生き方だと思いますけど」
局長「みんなそう思ってるらしい。錯覚だってことを知らないでね」
五夜子「あたしは錯覚だと思いません」
局長「女性はいずれ結婚して子供を産む。子供が女性に自然の力を再確認させずにはおかない。男性悲劇だよ。子供を産めないんだからね。子供を育てる方法すら知らない。だからあっさり仕事に捕まえられてしまう」
五夜子「局長さんも仕事の捕虜ですか」

局長「僕は局ではTVは観ない。家に帰ってウイスキーを飲みながら家族とTVを観る時に僕は人間に戻るのさ」

「僕が悪いんじゃない。社会機構が悪いんだ」
「でもTV塔を殺すわけにはいかないじゃない。人間が殺すことができるのは人間とその他の動物だけよ」

「生活を腐らす愛なら無いほうがマシだわ」

市川崑監督が当時所属していた大映から「一本好きな映画を撮らせてやるよ」と言われて製作したブラックコメディ。脚本は市川監督の配偶者・和田夏十さん。

TVプロデューサー風 松吉(船越英二)には妻の他に9人の愛人がいる。自分の他に沢山愛人がいることがわかった愛人たちは共謀して松吉を殺そうとするが、、

この映画を観て思い出したのは安部公房原作・勅使河原宏監督の「おとし穴」と「砂の女」だ。

・幽霊が登場する(おとし穴)
・黒い服を着た十人の女に取り囲まれて松吉が毒殺されるシュールな夢の場面(砂の女)
・主人公の男性が女性に打ち負かされて無力化される。(砂の女)

こんな共通した印象を持ったのだけど実は勅使河原宏作品より「黒い十人の女」の方が早く製作されている。

男尊女卑の世界で、いいように虐げられる女性。松吉は仕事のストレスを解消するために次々と愛人を増やしていく。仕事を餌に口説いていないのがまだマシなのか。

分刻みで同時にたくさんの仕事をこなしていく松吉。というより仕事に細切れにされてバラバラの破片になっているようにも見える。しかしそれが松吉の男としてのアイデンティティ。

後半愛人たちと本妻の陰謀で仕事も配偶者も失って愛してくれる女性だけを得た松吉は絶望してしまう。女が欲しいのは私だけを愛してくれる男。松吉を浮気させないために愛人たちが松吉の生活費を出すという。

男女の立場が逆になって「あなたは家にいて何もしなくていいのよ」と言われる。無力化された男の最後は「砂の女」のラストのようだ。
むぅ

むぅの感想・評価

3.7
「俺、殺される感じ?」

その昔、バカリズム脚本の今作のリメイクドラマを観ていた。十人の女たちがそれぞれ、一人の男に対し死ねと心の中で呟く笑えないのに笑ってしまうシーンがある。
その時はまだ氷結無糖に出会っていなかったので、カップスープ2袋分は作れる大きなマグカップにドボドボと注いだ白ワインを飲みながら真剣に観ていたら、背後からそう声がした。
声の主は当時の恋人。
テレビを観る私の背中があまりにも真剣だったからだろうか。

「殺されるような事した感じ?」

お互いが入っているグループLINEが鳴った。
「俺と連絡取れなくなったら、むぅに殺されたって事で」

「何した?」
「むぅ毒殺するタイプ」
「完全犯罪出来そうなタイプ」
「それはもう仕方ない」
「『黒い十人の女』観てるね?」

ぴこぴこ鳴るLINEに笑ってしまった。
そう『黒い十人の女』は、野球だと一人あまり、サッカーなら一人足りないという驚異の十股をかけた男を「いっそ死んでくれたら諦めがつく」と女たちが殺人を計画する話。

この十人ってところがミソだよな、と思う。
うち九人は不倫である、という事は一旦置いておく。
もし自分の恋人に他の女性の影があったら。悩むしどういう事になっているのか知りたいと思う。けれどもその他の女性の存在が一人ではなく九人だとわかったら。
私は多分三人目あたりからどうでもよくなり七人目あたりから一周回って感心するかもしれない。
とりあえず自分が一体何番目なのかは知りたい、彼の中での順位ではなく、純粋な時系列として。
そこまで思って、じゃあ一体何番目なら良かったのかと問われると「はて?」となる。
十番目だったら即戦線離脱、一番目だったら事の成り行きを見守りたいかもしれない。何故?と問われたら明確には答えられないが二番目がいちばん嫌かなとなった。
そしてドラマでも映画でも、時系列での"二番目"の方が強烈なインパクトがあるので、何だか妙に納得した。
ちなみにドラマの"二番目"を演じた水野美紀、素晴らしかった。
坂井真紀と酒井美紀はこんがらがらないが、水野美紀と水野真紀は時々...というのは、あれを境になくなった。

時代なのかは不明だがドラマの方では大同小異、不倫をしている側の九人の女は妻に対して罪の意識が一応ある。映画だとそれが一切感じられないところが凄い。

そしてこの主人公の風松吉という男、個人的には1ミリも惹かれないがモテるのがわかるなという描写があった。
十股もしているのに、それぞれの女との初めて出会った時の事は鮮明に覚えていて、何やらロマンチックに語るのだ。そこにほだされてしまう人はいるのかもしれないと思った。

このドロドロ感満載の物語が、ある種の清々しさと共に進んでいくのは最終的に女たちの怒りが、ちゃんと風松吉に向かうところにあるのだと思う。

妻の言葉
「誰にでも優しいってことは、誰にも優しくないってことですわ」
ですよね、となる。
顎が外れそうになったいくつかの友人たちの恋バナを思い出しつつ、最終的に「優しかろうが優しくなかろうが浮気する人はするし、しない人はしないって」というところに着地。

「いや!七つの海を股にかけて、みたいに言うな!」
と突っ込んだ七股の過去を持つ友人の幸せそうなインスタを見て今作を思い出したのは秘密の話。
tosyam

tosyamの感想・評価

4.6

このレビューはネタバレを含みます

群れなす女はなぜこうもこわいのか。夢の島の集団で毒をのませるところなどにいたってはまるでゾンビがたかってくいちらかしているようだった。そのあと汚物のように汚水になげこまれる。
西瓜

西瓜の感想・評価

-
最高。最高です。本当に最高。
影と光の使い方がわたしのツボでした。
なにしろ画面いっぱいに女性の顔がひしめき合う構図はひとつのアート作品を見ているかと思った。どうやって殺すか想像を膨らませる場面も美しい。
黒い十人の女の手が、ひとりの男性の顔を這って、薬を飲ませる画はもう拍手した。
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