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ルージュのmidoredのレビュー・感想・評価

ルージュ(1987年製作の映画)
5.0
今作の監督であるスタンリー・クワンの名前は『藍宇』(2001年)でしか知らなかったので、一瞬見覚えはあるが誰だろう?といった感じで気軽に見始めたところ、これが本当に良い作品でした。1930年代と80年代の香港を行き来しつつ、ロマンチックな恋愛の顛末をファンタジックかつ幻想的に描いてゆく作品です。

主演は今は亡きレスリー・チャンとアニタ・ムイ。ビッグスターの共演と知らなくても、まずレトロな香港の娼館がいいのです。すごく雰囲気がある。

客がはけた昼間、女たちだけ集まっておしゃべりに興じたり、ベランダで足の爪をけずるシーンがとりわけ好きです。晴れた日の光の中で、爪を柔らかくするためなのか片足は水の張った鉢にひたしている。ずっと昔の誰かの人生で、本当にそんな時間があったような気がしました。

だいぶ前に見た侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督『フラワー・オブ・シャンハイ』(台湾・日本、1998年)も思い出します。やはり中国の高級娼妓たちの群像劇で、『ルージュ』と同じような娼妓と金持ちボンボンの悲恋エピソードもありました。あの作品もストーリーうんぬんよりもムードがたまらなく好きなのです。そういう意味では『ルージュ』はど真ん中でした。

また、アニタ演じる如花(ユーファ)がとてつもなくムードがあっていい。三白眼ぎみで、どこか虚な、独特な表情で、じっと遠い昔を見る様はもうそれだけで絵になります。ほっそりした体と、その表情と、抑えられた身動きだけで、彼女がどういった人物なのかが分かるし、ときおり思い詰めたように見つめる黒い瞳には愛の狂気すらただよいます。彼女の存在感だけでかなり物語に奥行きと説得力が出ていたと思います。

なおかつ恋愛パートがもうべたべたにロマンチックなのです。変な小技はいらないんです、こういうのをください、と叫びたくなるような過不足なく良いロマンチック。しかも、それが最後の最後まで加速してゆくんですね。

単なる身分差による悲恋ではなく、ミステリー要素ありのファンタジーなのも良かった。ファンタジーがなければベタで重すぎるし、ファンタジーだけでは軽薄すぎる。ふたつが合わさることでちょうど良い具合に辛い場面は救われつつ、同時に夢のような幻想になっていました。しかも時々挟まれる京劇が夢幻的でしびれます。レスリー・チャンの京劇も、やはり最高に美しい。

レスリー・チャンといえば『ブエノスアイレス』『さらば覇王別姫』などのゲイ役で有名です。この映画の中では美女にうつつを抜かす異性愛のぼっちゃんを演じてますが、たたずまいや表情が完全に「愛される男」のそれで、終始そういう色気が全開でした。何なのかは分かりませんが、とにかく確実に、何か人の心を魅了する魔法のエキスのようなものが滴っていました。下手すると主演女優よりも。

さすがスターだと思います。あれこそ天性の色気と言うものでしょう。出そうとしても出せる物ではありません。つくづく惜しい人を亡くしたものだと思います。

二人とも亡くなっていると知ると、より一層儚く幻想的な気がします。目を開けたまま美しい夢を見るような映画でした。
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