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セイブ・ザ・タイガーのpsychedeliaのレビュー・感想・評価

セイブ・ザ・タイガー(1973年製作の映画)
5.0
この映画を見ているさ中, ずっと頭の中に『アパートの鍵貸します』があった。あの映画で, 同じくジャック・レモン演じるバドの未来が, これなのかもしれない, はっきりした根拠はないがそう思った。
『アパート』のバドは, 隣人に鼻持ちならない女誑しだと勘違いされても, 想い人の兄に妹を弄ぶ不埒な男と勘違いされて殴られても, 苦笑するだけであとは顔色ひとつ変えずにいた。誤解を恐れずに言うなら, 彼には庶民の強さ, 現状を悲観しない逞しさがあった。しかし彼が, 変わり変わったアメリカの世相(ベトナム戦争, アメリカン・ニューシネマ)の中で, 未来まであのような生き方が出来たとは誰にも言えないのではないか。
ジャック・レモンという同じ役者が, 『アパート』ような生命力に満ちた人間性と, 現代人の弱みを体現した本作の主人公と, 二つの異なって見える役に対し同等のハマり振りを見せたということは, これは何か人間的真実を物語っているように私には思われる。現代人は皆この二つの人間性を, 本人も自覚せぬまま持ち, そしてそれらがともすると分裂しがちになる時, 現代人の孤独というものがぱっくりと口を開けるのではないだろうか。
見るまではアメリカン・ニューシネマに便乗しただけの映画だと思っていた。或いは現実にそういう側面もあるのかもしれない。しかし, 「かつて戦争の血に染まった砂浜に, 今では水着の女の尻がある。まるで悪い冗談だ」というセリフを聞き, 過去の人間たちの名前を狂気のように呟き続けるジャック・レモンの姿を見ると, この映画はやはり真実の小さな光を捉えていると思われてならない。
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