継

死者にかかってきた電話/恐怖との遭遇の継のレビュー・感想・評価

3.9
冷戦下のロンドン。
内務省の諜報員ドブス(ジェームズ・メイソン)は, 事情聴取後に死亡した外務省官僚の死因をめぐり上司と対立, 内務省を辞職して独自に真相を追うのだが。。

深夜に呼び出されて仕事へ向かう夫の元へ, 浮気してたとおぼしき妻が帰ってくる。
ー「アナタも今帰り?」「これから仕事だ、ベッドへ “戻れ”」「💢😠💢(ムッとする妻)」言い過ぎたと思い「部屋は暖めといた…」と慌てて言い繕う夫だが, 逆ギレした妻は無言のまま“バタン!”と玄関の扉を閉めるー。

My Favorite『裏切りのサーカス』の原作者ル・カレの処女作を, ルメットが映画化したスパイサスペンス... なんだけど, 冷戦下なのは寧ろこの主人公夫婦の方で(^o^;)

映画化にあたり『裏切り…』の登場キャラクターでゲイリー・オールドマンが演じたスマイリーはドブス, カンバーバッチが演じたギラムはアップルビーへと大人の事情で名前が変更され, その上下関係や性格設定も若干異なっています。
同じなのは妻アンの浮気性wwと, それを知りながらも繋ぎ止めたいばかりに手を上げられない夫ドブスの煮え切らない関係。

寡黙で聖人然としてたオールドマンとは対照的に, 本作のスマイリー=メイソンは思いの丈を余すことなく台詞で表情で, 全てさらけ出します。
仕事で自分が正しいと思えば上司にも敢然と牙を剥くのに, 夫として妻に明らかな落ち度があると頭で分かっていても愛情が邪魔して強く当たれない弱々しさ。。
ベテラン諜報員とうだつの上がらぬ中年男の公私のギャップを, メイソンが実にもどかしく・人間臭く演じてました。

“ボンド” 的な完全無欠とは, 真逆なスパイ像。
本作でルメットは, 元スパイの原作者が自身を投影した主人公を通して人の愚かさや矛盾を描き, それに理不尽に翻弄された人々の痛みを映し出さんとします。事件の黒幕が分かり易い事もあいまって, 映画の比重は各々欠けた所がある登場人物のその心情に寄り添うバランスになってるんですね⚖️。
ストーリーが違うとはいえ, 例えば『寒い国から帰ったスパイ』は徹頭徹尾ノワールに仕上がっていて, 同じシリーズながら完全に別テイスト。『裏切り…』も相当に斬新な切り口だし, ル・カレ原作モノは, 監督のフォーカスの当て方が楽しめるともファンとしては(^o^;)思います、まぁ一貫性が無いと言ってしまえばそれまでだけど😹,


本作はちょっとした劇中劇が挿入されていて, その場面や台詞が登場人物・その末路にオーヴァーラップする仕掛けになっていて, 処女作特有というかコレに賭けるル・カレの良い意味での気負いみたいなものが感じられるのも面白い所です。

エルサ(シニョレ)のアリバイを確かめに行くシーンでリハーサル中なのが「マクベス」第4幕の魔女たち(鍋のシーン)。
他愛もない引用なんだけれど, 中世ヨーロッパでは罪のない普通の女性が魔女として迫害され火あぶりにされていた事を, ユダヤ人というだけでナチスの収容所へ送られたエルサに重ねてるわけで, その迫害の理不尽さ・残酷さをより強調する暗喩になっています。

終盤の劇中劇はクリストファー・マーロウ作「エドワード2世」。
マーロウという劇作家は実は国のスパイだった事で知られていてその死因には政敵による暗殺説もあり, またシェイクスピアの正体では?とも言われる謎多き人物。
劇中の台詞が, 観劇するXX(ネタバレ)の胸中と重なるのがチョイスの理由でしょうが, そもそも原作者ル・カレ自身が元スパイなわけで, 筋に沿い・更に己と出自が似たマーロウ作品をしれっと登場さすあたりに気の利いた知的なユーモアのセンスを感じます。


『セルピコ』をはじめ, 国や権力に翻弄され抗(あらが)う人間の姿はルメット作品に顕著な視点ですが, 体制や思想を守る駒♟️としてのみ動くスパイの世界にナチス収容所帰りの女性をぶつけた本作の構図は, ルメットにとって美味しい素材だった事は容易に想像出来ます。

国の駒たるメイソンの尋問に, 眉間に刻まれた皺を隠そうともせず対峙するシニョレの迫真。
『嘆きのテレーズ』でもユダヤ人の娼婦を演じてたシモーネ・シニョレは実際にユダヤ系で, この時45~6歳。
若い頃の美貌は見る影もないけれど, 人として夢も希望も何もかも失ったエルサ役を演じるには寧ろそれが相応しかったというか。m(__)m
感情を抑えたのではなく感情そのものが削ぎ落とされてしまったかのようなその表情や演技は「諦念」そのものを体現するようで, その悲しみには逆に失うものがない虚しい強さが溢れていました。
継