寝木裕和

ガートルード/ゲアトルーズの寝木裕和のレビュー・感想・評価

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カール・テオドア・ドライヤー・セレクション Vol.2、にて。

たしかに、例えば「裁かるるジャンヌ」や「奇跡」などに比べると、宗教的だったり神秘的な感じは皆無だし、それまでの作風と完全に違うものに感じるかもしれない。

けれども作風が違うからこそ、浮かび上がってくるのはその根幹にある揺るぎないテーマ、常にドライヤーが取り上げてきたもの…

それは『愛』についてだ。

ドライヤーの母親はドライヤーが生まれてすぐ彼と引き離され、ショッキングな最期を遂げている。

そのことが彼の作品創りに影響を及ぼしているのは自明であり、だからこそ『裁かるるジャンヌ』や『怒りの日』では身勝手な夫や世間的には確固たる地位にある聖職者たちが独善的な「正義」の名の下に犠牲になる女性を題材にしてきた。

でも、この遺作となった『ゲアトルーズ』を観ると、彼が自分の人生の核にある不遇に対して、復讐心を燃やしてそれまでの作品を紡いできたわけでないことがよく分かる。

彼は、それでも人間を信じたかったのだと思う。人の「愛」という、ある意味不確かなものを。
そのための、一生をかけた作品創りだったということが、この作品から伝わるのだ。

主人公・ゲアトルーズは、夫がいるにも関わらず真実の愛を探し、それが間違いだったとしても希求することをやめなかった。
一見、自由奔放に生きているように思え、こういった女性は現代でも怪訝な眼差しを向ける人も少なくはないだろう。

そしてゲアトルーズは晩年、孤独な境遇にあることが窺える。

では、真実の愛を希求し続け、結果孤独であったゲアトルーズは、不幸なのだろうか。
ラストのシーンで、そうは見えない。

それこそがドライヤー監督の最後の問いかけだろう。そしてドアを閉めて終わるラストは、その答えを明言するのではなく、観るものに委ねていると強く感じさせるのだ。
寝木裕和

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