カタパルトスープレックス

下宿人のカタパルトスープレックスのレビュー・感想・評価

下宿人(1926年製作の映画)
4.0
ヒッチコックの実質的な第一作目(実際には三作目)。1927年英国公開。
『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』を片手に鑑賞。

今回はクライテリオン版BDです。まず最初に気が付くのはオレンジとブルーの二色に色付けされた白黒映画だということ。昔のジャズのレコードのようなオシャレな感じです。クライテリオンなんだから無意味なことをしないだろうと調べてみました。

"History of British Film (Volume 4): The History of the British Film 1918 - 1929"によると1920年代の(少なくともイギリスの)白黒映画は雰囲気を出すためにアニリン染料を使って現像したポジフィルムを着色することが多かったのだそうです。多くの場合はセピア色なのですが、ブルーやグリーンもあったそうです。そしてヒッチコック監督作品『下宿人』についても着色した映画として言及があったので、実際に色付けをされて上映されたのを再現したことになります。さすがクライテリオン、芸が細かい。

トリュフォーが指摘してヒッチコックが認めているように、『下宿人』では非常に多くの視覚的な実験をしています。サイレント映画なのであまり文字情報に頼ることができないためもありますが、単純に映像的仕掛けが楽しいです。

ラストに部屋から見えるテムズ川の向こう側の"To-night Golden Curls" (今宵、金髪美女)のサイン。芸が細かい!

舞台設定は1920年代のロンドンの下宿宿。殺人事件が多発しています。登場人物は下宿を経営している夫婦と娘。そこに訪れる新しい下宿人。この下宿人の正体は?という話です。

ヒッチコック作品の特徴はサスペンスです。サスペンスドラマと犯罪ドラマは必ずしも一致しません。サスペンスとは「どうなるんだろう?」とドキドキハラハラする気持ちです。結果としての謎解きは重要ではありません。

ヒッチコック監督が本来考えていたエンディングだったらもっと面白かったと思いますが、それでも実質的な第一作としては上々以上の出来です。もう90年以上も前の映画なのに違和感なく没入できます。サスペンスって普遍的なんですね。少なくとも恋愛や家族といった年代に左右されるテーマより経年劣化に強い。そのサスペンスをヒッチコックが「発見」した第一作です。素晴らしい。