とうじ

カノンのとうじのレビュー・感想・評価

カノン(1998年製作の映画)
4.0
「クライマックス」の次に好きなギャスパー・ノエ作品。
とにかく金がなく、社会に怒っており、何がなんでも人をぶっ殺したい、元肉屋の汚いじじいの一人称の物語。

割と自分は妊婦さんに害の及ぶ映画のシーンが結構苦手で、「プロメテウス」のあのシーンはエイリアンを孕んでいるからこそセーフなのだが、人間の胎児がお腹の中にいるのであれば、「ワイルドアットハート」で、妊娠しているのにタバコを吸うシーンなんかでも結構ウッとなる。
そんな中、トップレベルできついのが「クライマックス」で妊婦のお腹に膝蹴りを喰らわすシーンなのだが、あれはまだお腹もまだ大きく無いし、「演技をしている」と自分に言い聞かせることができた。
しかし、本作ではお腹がパンパンに膨れ上がった妊婦のお腹を、主人公のじじいが全力でグーパンしまくり、妊婦さんが泣き叫ぶという場面が序盤にあり、本気で見るのをやめようと思った。
そこに主人公のナレーション。「今頃胎児はハンバーグ肉みたいになっているだろう」。いくら元肉屋という設定はあっても、なぜそういうセリフを言わすのか、と考えた時に、「あ、これは漆黒のコメディなのか」と気づいた。

そういう風に見ると、ずっと怒っている主人公が、友人のお金をせびりにいった時に彼の優しさに触れられて、もじもじするのも笑えるし、薬中の売春婦の訳のわからない言動にドン引きする主人公も趣がある。そして、なんといっても笑えるのが、本作の本当に困ったラスト。
憎しみによってモラルから逸脱し、肉体的な自殺を試みようとする主人公が結局、愛によってモラルから逸脱し、(オリヴィア・ロドリゴ風に言うと)社会的な自殺を成し遂げる。取り返しのつかないやばさの暴走のベクトルが変わっただけといえばそうなのだが、それが主人公にとっては力強い大移動であることが、本作の主観的な語り口によって強調される。
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