さく

黒部の太陽のさくのレビュー・感想・評価

黒部の太陽(1968年製作の映画)
4.0
長尺だが最初から最後まで全く隙の無い名作でした。石原裕次郎が「こういう映画は映画館で見てほしい」という考えがあったそうで、長らくDVDなどのコンテンツ化はされていなかったそうですが、今ではサブスクで見れますね。なかなか機会がなくて難しいと思いますが、私も本作は映画館で見た方がより良いと思いました。そもそも「映画館よりも家で見た方が良い」なる作品があるのか? は疑問ですが(良い意味の方がで)

五社協定やら何やら色々ややこし過ぎる背景もあった中で、何故デビューから3本目とキャリアの未だ浅い熊井啓監督にお鉢が回ってきたのは調べていないので謎ですが、良くぞここまで名作に仕上げて頂きました。ある意味、黒部ダム建設工事と同様に難航したのだろうと推察されますので。

ここから先はネタバレも入ります。

作中、関西電力社長(滝沢修)が、熊谷組の専務(柳永二郎)に、「金も名誉も要らん。金をいくらかけてもいいから成功させてくれ」と迫るシーンがあって、長い沈黙の後、何を言うかと思ったら「ヤケクソでやります!」。思わず吹き出しそうになったけど、万策尽きてきたら後はヤケクソ! 大事! 後は金! 本作が実現したのも、三船敏郎が「関西電力が映画の前売り券100万枚の保証をしているが」と日活にもちかけたことが決め手となったとのことで、やっぱり金は大事!

作中の多くを占めるトンネル内の撮影は、熊谷組の工場内の再現セットで行われたようですが、それでも凄い臨場感と迫力。420トンの水を溜め込んで流したという洪水のシーンはほんとに人が死にかけたらしいです。迫真の演技どころか本気で怖い!

ここ最近立て続けに熊井啓監督作品を見ました。熊井監督は「社会派」などとも呼ばれ、日本におけるタブーとされる問題に真っ向から取り組んだわけですが、対照との距離感の取り方が絶妙だと思います。ややもすると対象に近くなり過ぎて感傷的になったり、何れかの立場に過度に肩入れしてプロパガンダ的な映像になってしまったりしがちなテーマに取り組んでおりますが、特定の思想を全面に出すようなことはなく、ギリギリ入り込まないラインで撮る。この辺りのバランス感覚が凄い。

例えば、労働者と経営者。ややもすると、労働者側に肩入れして経営側を悪役に描いてしまいそうだが、そうはしない。善悪を決めつけたような撮り方をしない。岩岡源三(辰巳柳太郎)なんて、今で言えばブラック企業のパワハラ社長でしかないけれど、彼には彼の信念がある。今の価値観で「間違っている」ように言うのはあまりにも浅過ぎる。

こういう頑固な親父が今の日本の繁栄を築いてきたという歴史は確実にあると思いますよ。なので、きちんと彼にも良心の呵責があったんだという描写がされる訳ですが、過度に感傷的にならずに淡々と描かれる。トンネル開通で喜んで駆け寄る皆んなの後を追おうと歩き出すがふと思い立って止める。背を向けて去る。やめていった土方の部下に申し訳ないという思いがあるんですね。名シーンです。

書きたいことがあり過ぎてドストエフスキーの小説くらい長くなりそうですが、もう少し続けます。

大事な人が白血病になって生命を落とす…。ある意味日本のドラマの定番中の定番の展開でどうなることかと心配になりましたが、これも過度に感傷的にせずにかつ物語の重要なファクターになっています。下手くそな監督だと、物語の本筋そっちのけで涙涙の感動巨篇…みたいになりかねませんが、この辺りの付かず離れずのバランス感覚も抜群です。

バランス感覚と言えば、後半思わず「忘れてたわ!」と声に出してしまいそうになってしまった賢一(寺尾聰)の伏線回収。ドラマチックな物語の影で、一生懸命生きて、残念ながら亡くなってしまった土方。ラスト近いところで、完成したダムを訪れる賢一の父と母。特に何を言うわけでもするわけでもないですが、こういうシーンをさりげなく入れるセンスが凄い。下手クソな監督だったら母親が「ケンイチー!」とか言って泣き叫ぶシーンを入れちゃったりしますよ。このシーンはグッときました。

いよいよメインの岩岡剛(石原裕次郎)の話です。彼は新しい世代(若者)の象徴として描かれます。一見、筋が通って論理的なことを言いますが、コロコロ考えが変わる。一本気な職人気質の父源三とは対照的です。昔気質の人には受け入れ難い、雑にまとめてしまうと「ポストモダン」的な価値観を持った人です(多分)。

源三に反発していたかと思ったら、北川(三船敏郎)の熱意に絆されて変節、それ故に由紀(樫山文枝)からは「変わってしまった」と言われて、二人の仲もこれまでか…と思わせておいて、あっさり結婚してしまう。一見、拘りのある熱い漢と見えて、どうもコロコロと変節する。こういうのを父と対比させて「新しい世代の若者」の象徴として描いたのだと思います。最後の北川との対比もわかりやすいですが。しかし、ここでもどっちが良い悪いような撮り方はしなくて「こういうものだ」と淡々と、入り込まずに撮る。下手クソな監督だったらこういうのをいちいちセリフで言ってしまいそうだけどそんなのはやらずに画で見せる。

ダムが完成した喜びなど一切見せずに立ち尽くす北川と「七人の侍」のラストシーンが被ります。

長過ぎて誰も読まないと思う。
さく

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