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イングロリアス・バスターズのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.3
 畑仕事をしている農場主の後ろに、2台の車がゆっくりと近づいてくる。その気配を感じた農場主は、女たちに家の中に入るよう命令する。男は不安を隠すために、一人の女に水を汲んでくれと伝える。やがて家の前の道に停まった車から、1人の男が出て来て、農場主に親しげに語りかける。その場で立ち話で帰す腹づもりだったが、大佐の巧妙な話術によって覆される。屋敷に入ると、大佐の口ぶりは一層巧妙になり、レア・セドゥらユダヤ人たちの目は明らかに怯えている。おそらくこの農場では、主人が女たちを一手に匿い、男手がない中、何とか生活してきたはずである。だがそんな大黒柱の逞しさよりも、遥かに力のある大佐の悪知恵は、やがて農場主を追い詰め、一切を白状させることになる。第1章と題されたこのシークエンスのシリアスさには、文字通り目を見張る。時に軽妙なやりとりに逃げていたタランティーノの映画が、ここに来て明らかにシリアスな雰囲気を讃えていることに誰もが驚くはずである。地面の底には二重に敷かれた空間があり、農場主の弁論の勝利を信じて、祈るような気持ちで隠れている。ここでも『キル・ビルvol.2』同様に、横になる女性のイメージが浮かび上がる。だがその願いも空しく、彼女たちは無残にも殺されてしまう。そこで1人残ったショシャナ(メラニー・ロラン)という少女を、ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)は無理に殺そうとしない。そのことが後に決定的な災いをもたらす羽目になるのである。

 今作はジャンル映画としては「戦争映画」に違いない。ナチス占領下のフランスを舞台に、バスターズと呼ばれる連合軍側の秘密部隊と、“ユダヤ・ハンター”の異名を持つ冷血漢ランダ、そしてランダ大佐に幼少時代、家族を皆殺しにされたことで、ナチスへの復讐に燃える若いユダヤ人シャシャナの三つ巴の攻防を描く。しかしながらここにあるのは、ナチスvsフランス軍の戦争そのものではないし、史実としての第二次世界大戦でもない。これまでのクエンティン・タランティーノのフィルモグラフィと同様に、実は何てことない「裏切りと復讐」の主題が繰り返されている。何気ない無駄話は質的に変化する。今作では卓を囲む人間たちのやりとりが、そのまま生死に関わる重要な問題に直結する。例えば、英国の二重スパイでドイツの人気女優ブリジット(ダイアン・クルーガー)にバーで接触する場面、ここでは卓を囲む男女がゲームに興じるが、一人のドイツ人の疑惑によって、一触即発の雰囲気を醸し出して行く。彼が気付いたのは、独特のイントネーション(訛り)であり、本物と偽物を分かつリトマス試験紙にもなり得る。彼女たちは一見、馬鹿話をしているように見えるが、実際にはその質はある意味、銃撃戦以上の緊迫感を生んでいるのである。クライマックスの爽快さは、チャールズ・チャップリンの『独裁者』やフリッツ・ラングの『死刑執行人もまた死す』と比肩し得る。数発の銃声でも後の粛清でもなく、焼け焦げたフィルムの巻き付くイメージだけが、何よりも雄弁に物語る。
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