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山椒大夫のmmntmrのレビュー・感想・評価

山椒大夫(1954年製作の映画)
5.0
「人は、慈悲の心を失っては、人ではない。己を責めても、ひとには情けをかけろ。人は、等しくこの世に生まれてきたものだ。幸せに隔てがあってはよいはずがない」

父から授かった教えと家族の存在が自らを支え、不条理な世界でも人として生きる心を養う。

どんな人間でも、酷い(むごい)仕打ちに合えば身体を壊し、自我を壊し、望まない人間へと落ちぶれてしまうもの。

気高い両親のもとに生まれ育つも、人攫いに騙され、山椒大夫の元で奴隷として生きることを強いられた兄弟。

安否の知れない母と父を想い働く妹と、荒んだ環境に精神が保たず希望を忘れて働く兄。

妹はそんな兄にかつての日々を思い出させ、山椒大夫の元から脱出させる。

物語の前半は不条理と逃れようのない苦しみ。後半は諸悪の根源からの解放と失った家族を探し求める奔走の物語。

本当に素晴らしい映画だった。
人間の徳と業、尊さと愚かさ、そして愛と憎しみが幾重にも折り重なり、底の見えない深み感じる豊かな鑑賞体験となった。

それと音楽についてだけれど、ベルトルッチ監督の『ラストエンペラー』(音楽:坂本龍一)とめちゃくちゃ似てるなと思った。
あの作品も生き別れた家族への郷愁がひとつのテーマとしてあるから、もしかすると坂本龍一が溝口健二リスペクトでオマージュした可能性も捨て切れないなぁ。

ーーー以下本作内容含む

冒頭にて、その土地を納める立場である厨子の父上がいかに島の民から慕われているかが示されるシーンが続くが,ここも魅せ方が本当に上手いなと脱帽する。
台詞が早くて詳しいことが聞き取れなかったのだけれど、島の民を守る為に自らが犠牲となって島を去ることになったのだと思う。
島の民が総出でくわを担ぎ、去る父上を食い止めようとする。「旦那様ー!!」。行かないでくれと。その光景に動じることなく、凛とした姿で去ってゆく背中。逞しすぎる。
そして物語終盤で父上の墓前で手を合わせる厨子。そこに手向けられた沢山の花を見て、亡くなってしまう直前まで就いていた土地で、学問や人の在り方を教えていたらしいことを聞かされる。ほんとうに立派な父親を持ったのだなと、父上を知る他人に出会うたびに思わされる。全体を通して、父上の魅せ方が巧みで唸る他ない。

母上の両親のいる里へ向かう旅の道中、「旅人を装った盗賊や人買いがあるから旅人を宿に止めてはならない」という意味のわからない掟を国の神が定めていることを知る。そこで野宿せざるを得なくなった家族が人攫いに合うというとんでもない悪政。後に国の神となる厨子が“人買いをしてはならない”と、自らの地位や命も顧みずこの悪政を正し、山椒大夫を失墜させ、その地位を捨てる様には正に慈悲の心を感じた。

一番好きなシーンは、父上との別れの前に、父上の教えを幼い厨子が復唱するシーン。「父が今言うたことを言うてみろ」「ひとは、じひのこころをうしなっては、ひとではない...」
この場面はなんとも言えない気持ちになる。


安寿が機織りをしている後ろで新しく入った少女が唄を歌うシーン。「厨子や恋しや、安寿や恋し...」遊女の唄が流行ったと言う。遠く生き別れた母の切な想いが娘に届くなんて、胸が締め付けられて仕方がない。その唄を聞いた厨子が「そんな唄を歌うな...仕方がないだろう...神も仏もない」と荒んでいるのをみて、こんな環境に閉ざされて過ごせば希望が失せてしまうのも納得してしまうなと寂しく思った。

ラストシーン、海岸沿い。盲目になりやつれ切ってしまった母を見つけ、「お母様」と声を掛ける。例の唄を歌う母は、「またなぶりに来たんだね。あっちへいけ。」と、寂しく立ち上がり去っていく。
そのひとつの場面によって、母が長い間、ずっとずっと苦しみ続けてきたことが伝わってくる。つらい。
父と安寿が亡くなったことに肩を落とすも、「あなたがお父様の教えを守ってきたから、こうしてまた出会うことができたのかも知れません」と抱き合い、作品が終わる。

こうしてあらすじを文字に起こして説明してみても、やっぱり伝えきれない深みが映像にある。

それにしても、前編モノクロなのに色鮮やかに思えるシーンが幾つもあって驚いた。
安寿が湖に消えるシーン、厨子が死にかけの女を抱えて森を駆けるシーンなど。

特典映像でおっちゃん達が楽しそうに解説しているものがあるんだけど、ほんとに全国をロケ地に撮影してるのを聞いて凄いなぁと思った。奈良に滋賀に京都やら...
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