ブロオー

娼婦ケティのブロオーのレビュー・感想・評価

娼婦ケティ(1976年製作の映画)
3.6
天才的な仕事だと思う。ラストシーンからエンディングに繋がるところは鮮やか。
船で姉が行方不明になりハッチを開けたら姉と男が寝ている。弟は男にトイレへと連れて行かれる。家族兄弟飢えに苦しんでいて、売春を厭わない。
そんな中ケティは酒を飲まされ勤め先の帽子屋の店主に強姦される。ケティが影絵で遊んでいるところに男根のシルエットが急に出てきてそのまま犯されるのはかなりの悪趣味。店主はその後に「処女だったのか」といって男根についた血を布巾で拭う。ここら辺から個人的な受け止め方として、囚人の人生を見ているような感覚になった。常に隷属させられている感覚。
そのあとに出てくる年寄りの医者もそうだし、高級レストランへ連れて行かれたケティのマナーをじっくりと映し出すシーンもそうだがケティを取り巻く男たちの欲望の渦が、単なる肉欲ではなくそれぞれの男たちが抱える社会的なり何なりのコンプレックスのはけ口として、自分より立場の弱い若くて美しい女性を男たちそれぞれの望む形で支配を行うことが焦点となっていく。自分の言うことをなんでもきく人間がいたら力でもって遊び倒したいということなんだろう、あまり性別は関係ないものだろうと思った。
肺炎で動けなくなりベッドに横たわっている女がシスターに蝋燭を握らされて手が蝋でベタベタになっていたのは不憫だった。自由を奪われた人間の描写として映画の中ではかなり重たい方だと思う。こうした積み重ねがあってケティが自由のためにデモに参加する最後のシーンは凄みを持って迫ってくる。
一番好きなシーンはレストランで食事を終えた後に、画家の男と金持ちの運動家と銀行勤めの男とケティの四人で並木道を歌い躍りながら歩いていくところ。若々しくてよろしい。