このレビューはネタバレを含みます
「演技。表情と体の使い方。そして、映画『裏切りのサーカス』について」
演技において初心者が最も頭を悩ますのは、表情を含めた”体の使い方”に違いありません。
1自然な体の動き。
(人は見られていると意識します)
2感情に従った当たり前の表情や体の動き。
(感情を作り、それが体に伝わるということ)
「演劇クラブ・サークル けいこノート改訂版」(星雲社)に、こんなことが書かれています。
”例えば、おかしい時、舞台の上でいくらおかしいと思おうとしたところで、おかしくはなりません。舞台の上では体も心(意識)も緊張しています。その時におかしいという感覚が出てくるまで待っているわけにはいきません。
それかといって、横隔膜をゆすり、声門に息を切れ切れに通し、鼻腔や口腔に共鳴させていけばよい。人間は笑うことによって、おかしくなるのだ というのではきわめて不正確で、型通りの演技になってしまいます。
観客というものは敏感なものです。かなり上手な俳優であっても、イメージを正確に捉えていない時には見破ってしまい、うまいのだけれど、何か白けた気持ちを観客は持ってしまいます”
型通りの演技、表面だけの演技に観客は騙されません。
見ている人間が素直に共感できる、入り込むことが出来る演技が必須だということです。
(これが思ったより難しい)
”体の使い方”について筆者が考える”初心者あるある”をお話します。
体の使い方。初心者あるある。
普段はまったく意識せずに出来ているのに、”演技”になると出来ないこと。
それは、”手の置き場所”です。
見られていると人は意識してしまいます。
”手をどこに置いてセリフを言うか?”
両ももの外側に置く?
(ピタッとつける。離す)
指は曲げている?
伸ばしている?
(指と指の間隔は?)
左右対称に置く?
あるいは、後ろ手?
前に重ねて置く?
(手の甲は左右どっちが上?)
腕組み?
(高さは?)
両脇のポケットに入れる?
(ジャケット?ボトム?)
与えられたセリフや表情に合わない”手の置き方や置き場所”は、見ている人間に違和感を与えます。
まずはリラックス。そして、体の緊張をほぐすこと。次に自分の表情と体動かし方に”違和感”がないかのチェック。
(鏡や録画、指導者の目による)
”演技は全身で行うもの”です。
でも、動きすぎてもダメです。
(ここ、今日の肝)
皆さんもご存知、オスカー俳優ゲイリー・オールドマンの演技が参考になるかもしれません。
では、ゲイリー・オールドマンの出演している映画「裏切りのサーカス」を例にとりましょう。
映画「裏切りのサーカス」は2011年のイギリス・フランス・ドイツ合作映画です。
日本公開は2012年4月21日。
上映時間127分。
日本では+R15指定。
(なぜに?それほどハードな描写は見受けられない)
映画「裏切りのサーカス」は公開当時、”難解なスパイ映画”と評された映画です。
原作はベストセラー作家、ジョン・ル・カレが1974年に発表した小説「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」。
(こっちも難解・分厚い)
映画「裏切りのサーカス」は老スパイのジョージ・スマイリーを主人公にした三部作の一作目にあたります。
映画原題でもある”Tinker Tailor Soldier Spy”は、童謡マザー・グースの遊び歌の歌詞「鍵掛け屋さん、仕立て屋さん、兵隊さん」(この後は水兵さん、お金持ち、貧乏と続く)から取ったもの。
遊び歌とは、筆者の時代だと女の子が縄跳び遊びで歌っていた”お嬢さん、お入んなさい、さあ、どうぞ” ”はぁい、ありがとう…”に近いものだと思います。
日本語タイトルの「裏切りのサーカス」の”サーカス”はイギリス諜報部(通称M16。ジェームズ・ボンドが後に所属する)があるという設定の場所、”ケンブリッジ・サーカス”のことです。
(そこで働く者たちが”サーカス”と呼んでいる)
映画「裏切りのサーカス」の監督はスウェーデン出身のトーマス・アルフレッド。
(2008年のスウェーデン映画「ぼくのエリ 200歳の少女」の監督。この吸血鬼映画はクロエ・グレース・モレッツ主演で2010年にリメイクされている)
主演のジョージ・スマイリーにゲイリー・オールドマン。
(この映画「裏切りのサーカス」でアカデミー主演男優賞にノミネート)
スマイリーに協力するピーター・ギリアムにベネディクト・カンバーバッチ。
(部下役にトム・ハーディー)
”コントロール”と呼ばれるスマイリーの直属の上司でイギリス諜報部の上級幹部にジョン・ハート。
その他にコリン・ファース、マーク・ストロング、キーハン・ハインズ、トビー・ジョーンズなどの芸達者揃い。
(この面子だけでも、一見の価値あり)
では、映画「裏切りのサーカス」のあらすじを簡単に紹介しましょう。
時は1973年。
東西冷戦下。
イギリス諜報部とソ連国家保安委員会(KGB)が水面下で熾烈な情報戦を繰り広げていた時代。
ある事案の失敗で直属の上司(コントロールと呼ばれる)と英国諜報部(サーカス)を去ることとなった老スパイのジョージ・スマイリーに新たな任務が舞い込む。
それは、長年に渡り組織の幹部に潜り込んでいるとされるソ連の二重スパイ(通称モグラ)を捜し出すことだった。
スマイリーは元ロンドン警視庁公安部の警部だったメンデルとサーカスの中堅幹部ピーター・ギリアムに強力を要請。
三人はモグラ探しを始める…
(ネタバレなし)
ゲイリー・オールドマンの芝居の凄さ。
サーカスの5人の上級幹部とゲイリー・オールドマンがテーブルを囲むように座っているシーン。
上級幹部の一人でコントロール役のジョン・ハートが重大な作戦の失敗の為に退職届けにサインさせられる。
(ほとんど他の5人は動かず、無表情。重大で深刻な決定の場面に遭遇した場合、人は動かない)
ペンを置き、「男ならパーティの引き際は心得んとな」と手元のグラスを飲み干すジョン・ハート。
「スマイリーはどうなるんです?」と上級幹部。「スマイリーも私と共に去る」とジョン・ハート。
ジョン・ハートはゲイリー・オールドマンを見る。
驚きの表情を隠そうとしながら、無言のまま、平静を装うゲイリー・オールドマン。
(体の動きと顔の動きは最小限。表情だけの演技。素晴らしい)
イギリス諜報部のクリスマス・パーティのシーン。
庭で妻のアンがサーカスの上級幹部ビル役コリン・ファースと抱き合っているのを目撃してしまうゲイリー・オールドマン。
目を逸らし、背中を向けて、口を開ける。
(言葉にならない)
心を落ち着けようと、眼鏡の鼻の位置を戻す。
顔を背ける。
(演技として大きな動きはいらない。スマイリーは長年、KGBと渡り合ってきた老練で寡黙なスパイだから。泣き叫んだり、蹲ったり、頭をかきむしったりしてはキャラクターとして違和感を感じる)
大きく体を動かすだけが演技でないことは映画「裏切りのサーカス」のゲイリー・オールドマンの演技を見ればわかるはず。
演技はキャラクターによって変わります。
内面を考えること。
表情と体の動かし方はその次。
この映画、ゲイリー・オールドマンの妻アンは、重要な役であるにも関わらず、ほとんど画面には出てきません。
(見るものに想像させる脚本と演出)
細かく寝られた脚本(ジョン・ル・カレの小説も然り)とロング・ショットを多用した演出は達者な役者があってこそ。
映画は総合芸術であることを再認識させられる映画でもあります。
(映画「裏切りのサーカス」は二回見るべきという意見も頷ける)
エンドロールの始まりにFor ブリジット・オコナーと表記されています。
公開を待たずに亡くなった本作「裏切りのサーカス」の脚本家の名前です。
ブリジット・オコナーは享年わずか49才。(映画「裏切りのサーカス」はイギリス・アカデミー賞脚色賞にノミネートされています)ご冥福をお祈りします。
”今宵も悪夢は世界のどこかで誰かが見る”
(ナイトメア・シンジ)
ナイトメアプロダクション
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演出家・脚本家・映画評論家・演技講師・リーディング講師・ナイトメアプロダクションCEO の6つの顔を持つナイトメアシンジ
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